Hironao Ashida
『芦田の毎日』
2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢字の読み間違いは困りますが、〝理解力〟は〈人間〉よりもまともかもしれません。漢字の読み間違い、内容的な展開などにおいて、うん?と思われた場合などは元記事を参照して下さい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。※BLOG『芦田の毎日』のアドレ...
Autor
Hironao Ashida
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Epizody
左翼リベラリズムと日本国憲法と高市政権と。 21.02.2026 13:19
この芦田先生のテキストは、日本の戦後リベラリズムが抱える欺瞞と、国家の自立性に対する欠如を鋭く批判しています。著者は、日本国憲法の平和主義に依存し、地政学的な現実や軍事的な危機を軽視してきた左翼知識人たちの姿勢を問題視しています。過去の社会党や共産党の動向を振り返りつつ、国家という枠組みが崩壊すれば個人の人権も維持できないという厳しい現実を指摘しています。特に、ウクライナ情勢などの現代的な脅威を前...
パソコン一つで世界を動かす ― 大学の情報教育は、国・公・私立大学問わず、未だに「電気通信」時代のカリキュラムにとどまっており、今日の「情報」教育に対応できていない。 16.02.2026 12:04
人間環境大学が新設する 環境情報学科 は、日本の大学教育における従来の情報教育の欠落を埋め、実践的な ソフトウェア開発 のプロフェッショナルを育成することを目指しています。 本学科の最大の特徴は、カリキュラムの 95%を演習 に充てることで、理論に留まらず「身につく」学習を徹底し、他大学を圧倒する授業時間を確保している点にあります。 ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが抱いたようなコンピュータへの情熱を教育...
Twitter(現X)微分論・最終章(5) ― ハイデガーのエネルゲイア論と大学 13.02.2026 15:49
この芦田先生のテキストは、哲学者ハイデガーの思想を軸に、大学教育の本質と「新人」の誕生について論じています。 著者は、教育とは単なる即戦力の育成ではなく、既存の伝統や慣習を再解釈し、**「終わりから始まりを切り拓く者」を見出すプロセスであると定義します。 特に、社会から隔離されたキャンパスという「遊動空間」が、機能主義的な時間から学生を解放し、新たな可能性を育むために不可欠であると説いています。また、...
Twitter(現X)微分論(4) ― 「オンライン自己」と〈死〉を忘れること、あるいはヘーゲルの「存在しない今」について 13.02.2026 17:43
芦田先生による「Twitter(現X)微分論」第4章は、オンライン上の自己変容と現代教育の機能不全を鋭く分析しています。 著者は、体系的な知識の蓄積を軽視し、「納得」や「コミュニケーション能力」を偏重する現代社会が、若者の内面を肥大化させたと指摘します。 24時間プッシュ通知に縛られるIT環境は、「現在」を細分化(微分)することで「死」や「他者」といった根源的な不在を忘却させる装置として機能しています。しかし、T...
Twitter(現X)微分論(3) ― 近代と学歴主義の問題、あるいは〈短い時間〉における自由と平等について 13.02.2026 14:50
芦田先生による本論考は、Twitter(現X)というメディアの特性を、日本のマークシート試験に見られる**「近代的自由と平等」の観点から鮮やかに分析しています。 著者は、個人の出自や長い時間の蓄積である「人間性」や「専門性」を評価の対象から外すことが差別を打破すると説き、一瞬の数値や短文で決まる「短い時間」こそが敗者復活を可能にする究極の民主主義であると主張します。 従来のデータベース型メディアとは異なり、Tw...
Twitter(現X)微分論(2) ― 因果と環境とデータベースと 13.02.2026 14:17
本稿は、芦田先生による「Twitter(現X)微分論」の第2章を基に、 「環境」と「データベース」の本質的な時間構造 を解き明かしています。著者は、環境とは事後的に発見される**「忘却と無視」の体系 であり、人間が健康に生きるための条件であると説きます。対照的に、現代の 機能主義的なデータベース は、あらゆる過去を検索可能な「現在」へと引き戻すことで、後悔や無意識を排除しようとする欲望の現れです。この考察は、効率...
Twitter(現X)微分論(1) ― 機能主義、サイバネティクス、フレーム問題、データベース 13.02.2026 15:36
このテキストは、2010年代初頭、話題となった、芦田先生の「Twitter(現X)微分論」の第1章 を解説したもので、形而上学の歴史的変遷と 機能主義の現代的限界 を鋭く考察しています。アリストテレス本来の 「第一哲学(存在論)」 が編纂上の都合で「形而上学」へと変質し、現代の 「存在忘却」 に至った過程を浮き彫りにします。後半では、近代を象徴する サイバネティクスや機能主義 を批判的に検討し、人間と機械を同一視する...
認知行動療法の考え方について ― 『代替行動の臨床実践ガイド』(北大路書房、2022)を読む。 12.02.2026 15:05
この文章は、人間環境大学の芦田先生が、同大学の横光健吾先生による編著書**『代替行動の臨床実践ガイド』 を読み解き、その内容を批評したものです。 著者は、依存症対策としての 認知行動療法 が、意志の力に頼らず「刺激統制」や「行動コスト」の調整によって日常の誘発要因を遠ざける仕組みを詳しく解説しています。 一方で、この手法が前提とする人間観の単純さや、要因を特定する過程で生じる 解釈の難しさ といった限界に...
Netflix『メシア』(監督ジェームズ・マクティーグ他、2020年)を見た ― なぜ宗教にはペテロやパウロやユダみたいな周辺の人物が必要になるのか。 08.02.2026 15:17
この芦田先生の記事は、ドラマ『メシア』を通じ、信仰の成立過程を論じています。信仰の根拠は教祖個人ではなく、周囲の人間による解釈や役割から生まれると指摘。太宰治のユダ論を引用し、死への態度や弟子の存在が「救世主」を形作るという超越論的な構造を解説しています。 元記事は以下の通り。 Netflix『メシア』。これは内容的に超大作というか問題作というか、最初みたとき衝撃を受けました(最近三回目をみています)。 イ...
二段階革命論について ― 「革命は、まだ、ちっとも、何も、行われていないんです」(太宰治『斜陽』) 08.02.2026 12:35
日本共産党の 二段階革命論 は、民意が得られるまで天皇制廃止などの主張を伏せ、啓蒙を通じて段階的に目標を遂行する戦略です。批判者はこれを、自分たちを「目覚めた存在」と過信する 前衛主義 的で不誠実な姿勢だと指摘します。真の 革命 とは、国民を操作の対象とする戦術ではなく、太宰治が説いたように自己を律し、現実と誠実に向き合う静かな変化であるべきだと論じています。 芦田先生の元記事は以下。 この動画インタービ...
憲法第九条第二項の改正について ― 日本のリベラル派の平和主義について 03.02.2026 13:23
音声概要の元記事(BLOG『芦田の毎日』)の全文は以下である。 ------------ 憲法第九条第二項を改正しないというのは、自衛隊員の人権を無視していることと同じだということについて、リベラル派は何も考えついていないのでは。 自衛隊員を〝国民(=市民)〟の外に置いて、自分は平和主義者だというのは、アホだと思う。どこがリベラルなのだ。 自衛隊員を〝国民(=市民)〟の外に置いて、自分は平和主義者だという...
中道改革連合と国民政党とポピュリズムと ― 小林秀雄と太宰治と吉本隆明を思い出した。 31.01.2026 13:19
芦田先生の記事は、 中道改革連合 を組織依存の強さから国民政党ではないと断じ、その「平和」の訴えを共産党以上の ポピュリズム と批判します。多様性を抱える 自民党 の寛容さを評価する一方、日本の リベラリズム の思考停止を指摘。保守の本質は 天皇制 や歴史に裏打ちされた 感情性 にあり、実力不足な左翼では太刀打ちできないと論じています。 元記事のリンクはこちら→ https://ashidahironao.sakura.ne.jp/blog/cat3/post...
消費税減税の是非と観光立国の展望 30.01.2026 14:14
提供された芦田先生のテキストは、増え続ける 訪日外国人観光客 を貴重な財源と捉え、 消費税減税 を批判的に論じています。著者は、消費税を外国人や富裕層から確実に徴収できる 重要な税収源 と位置づけ、安易な引き下げは経済的に合理的ではないと主張しています。特にインバウンド需要による税収は 自動車輸出 に匹敵する規模であるため、これを福祉政策などの財源として活用すべきだという視点を示しました。さらに、低所得者...
BLOG『芦田の毎日』を始めた理由について:公私の境界と話体表出の四半世紀 29.01.2026 14:36
このテキストは、芦田氏が1999年から四半世紀にわたりブログ**『芦田の毎日』を書き続けてきた背景と動機を詳述したものです。その発端は1995年のグループウェア導入に遡り、学内掲示板での書き込みが公私混同との批判を浴びた経験が、独自のメディアを持つきっかけとなりました。著者はネット上での「公」と「私」の境界線や、言葉のあり方について深く考察し、哲学的な論文の文体と日常的な話体を融合させる新たな表現を模索して...
令和四年度からの高校の普通科4分化体制について ― またしても教育格差が拡大する普通科の〝多様化〟 29.01.2026 11:54
この芦田先生の記事は、令和四年度から導入された 高校普通科の再編 がもたらす深刻な懸念を批判的に考察しています。著者は、普通科が 四つの新学科 に分化されることで、主要科目の 授業時間が削減 され、生徒の基礎学力が著しく低下することを危惧しています。学校教育だけで十分な学力を補えなくなる結果、家庭の経済力に応じた 教育格差 がこれまで以上に固定化されると論じています。最終的に、この政策は学力の不足を「個性...
高市解散の大義について 24.01.2026 16:16
この資料は、高市氏が提唱する衆議院解散の正当性について、二つの段階に分けて論じたテキストです。主な内容は、少数与党の現状を打破し、自民党内の緊縮財政派や親中派といった抵抗勢力を一掃して、自らの政策を強力に推進することの必要性を説いています。特に、財務省主導の財政方針から脱却し、「責任ある積極財政」への転換を通じて、国民の暮らしと経済安全保障を守る重要性を強調しています。また、野党や党内の反対派に対...
NHK朝ドラ「スカーレット」(2019年)を見ながら ― 昭和の記憶と父への悔恨:戦後思想の再考 24.01.2026 12:03
この芦田先生の文章は、朝の連続テレビ小説をきっかけに、昭和という激動の時代を生きた実父と自身の関係性を省察する筆者の心境を綴ったものです。著者は、戦時教育から戦後の平和主義へと価値観が激変した時代に多感な時期を過ごした父親に対し、その内面的な葛藤を詳しく聞き出せなかったことに深い悔恨の念を抱いています。思想家・吉本隆明の理論には傾倒しながらも、身近な親が抱えていたであろう歴史的矛盾を看過していたこ...
生成AI批判の前提について ― 誰でも間違うようにして生成AIも間違う 12.01.2026 13:00
このテキストは、生成AIの誤りを批判する教育者たちの欺瞞を鋭く突いています。筆者の芦田氏は、AIの正確性を疑う前に、閉鎖的な教室で教師が繰り返す無知や誤謬こそが問題であると断じています。教育現場はAIよりも不正確な知識を垂れ流しており、多様性や探究学習といった言葉は学力低下や研鑽不足を隠蔽する言い訳に過ぎません。外部の目に晒されるAIを軽視するのではなく、まずは教育の質そのものを厳格に見直すべきだと強く訴...
2026年、あけましておめでとうございます ― 不在の死と死の不在と。 02.01.2026 18:06
この文章は、芦田先生の年賀状から引用された**「死」と「歴史」に対する哲学的な洞察を綴ったものです。著者は、若者の将来を見届けられないという自己の消滅を、かつて理解できなかった次元で実感し始めています。 この感覚を森高千里の歌詞になぞらえ、若さの美しさが放つ「はかなさ」を、変貌を見ることが叶わないという無力感と不在の願望から分析しています。また、老いという実感を共有できるのは同世代のみであり、時間や...
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』に見る男女のすれ違いについて 21.12.2025 4:31
この芦田先生の記事は、TBSドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(谷口 菜津子原作、2025)を題材に、精神分析家 ジャック・ラカンの欲望論 を読み解いた批評です。芦田先生は、男女が互いに「相手が求める理想」を演じることで生じる 認識のズレ を、精神医学的な視点から鋭く指摘しています。作中の主人公が直面する苦悩は、自己の欠如を埋めようとする ヒステリー症的な愛 の表れであり、現代ドラマにおける普遍的なテーマと...
ウィニコットの「ほどよい母親」と「存在の一体性」について 20.12.2025 13:23
この芦田先生のテキストは、イギリスの精神分析家ドナルド・ウィニコットが提唱した**「ほどよい母親」という概念を、独自の視点で深く考察しています。著者は、単なる距離感の調整ではなく、その根底にある「存在の連続性」という名の絶対的な信頼が不可欠であると説いています。これをジェットコースターのレールに例え、揺るぎない分母としての安心感**があってこそ、子供は自律的な活動が可能になると指摘しました。この理論は...
帰郷といとこの死と死の原風景と ― 反lumen naturaleとしてのRufの哲学について 05.12.2025 13:49
この芦田先生の文章は、数十年間ぶりに帰郷した著者が、その直後に長兄代わりであったいとこの死という予期せぬ喪失に直面し、そこから深い省察を試みる記録である。著者は、病室で冗談を交わしたばかりのいとこの訃報に大きなショックを受け、葬儀のため急遽再び故郷へ戻ることになる。そもそも今回の帰郷は、67年前に歩いた**「孤独の原風景」とも言える幼少期の道を再訪する衝動から始まっており、故郷の風景が著者の内面と深く...
選択的夫婦別姓問題について ― 近代主義的個人はどこへ行くのか 31.10.2025 17:35
この文章は、芦田先生の議論を引用しつつ、 夫婦別姓を「個人」の思想から主張すること に対して批判的な見解を述べています。筆者は、夫婦別姓の根底にある 極端な個人主義 は、ヘーゲルの哲学を参照しながら、 性愛の本質的な意味 である「二人で一つ」という側面や「子供」の存在を否定するものだと論じます。さらに、このような個人主義は最終的に 親の否定 につながり、それは 無力な個人 の現れであると指摘しています。結論...
選択的夫婦別姓問題について ― 個人主義のなれの果て 31.10.2025 14:21
提供された芦田先生の文章は、夫婦別姓を「個人」を重視する思想から主張することに対して、哲学的かつ批判的な視点を展開しています。筆者は、この主張の根底には性愛、特に子供を生み出すという本質的な側面の否定があると考えています。ヘーゲルの哲学を参照しつつ、性愛の本質は「二人で一つ」となり「子供」として具体化される「運命(さだめ)」を引き受けることであると指摘しています。そのため、個人主義的な主張は、最終...
ウィーナーのサイバネティクス思想: ― 制御と自由について 25.10.2025 18:33
この芦田先生の記事は、ノーバート・ウィーナーのサイバネティクス思想の概要と、それが文化論、文明論、そして世界観にどのように応用されるかを論じています。サイバネティクスとは、「操舵者」を意味するギリシャ語に由来し、もともとは動物と機械における制御と通信の理論として第二次世界大戦前後に登場しました。この思想の中核は、制御可能な変数と制御不可能な変数という二つの要素を通じて世界を捉えることにあり、船の操...
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