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リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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15 okt 2026

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Avsnitt

神の約束は必ず実現することを信じて(ヨシュア記 18章) 02.05.2025

「あなたたちは、いつまでためらっているのだ。あなたたちの先祖の神、主が既に与えられた土地を取りに行くだけなのだ。」 (ヨシュア記18章3節) カナンの地は神の民イスラエルの嗣業、相続地です(創12章7節)。神が与えると約束された土地です。主を信じ、御言葉に忠実に従って、戦うことによって獲得できる土地です。主の憐れみにより征服が終わり、配分が進みます。そのような中、規模が大きいヨセフ族の信仰の弱さに影響される...

自分の力を捨て神の力に寄りすがる(ヨシュア記 17章) 01.05.2025

「カナン人は鉄の戦車を持っていて、強いかもしれないが、きっと追い出すことができよう。」 (ヨシュア記17章18節) イスラエルがカナンを征服するためには、鉄の戦車を持っているカナン人に勝利することが必要でした。歩兵で構成されるイスラエルにとって、鉄の戦車は限りなく強く見えたことでしょう。しかもこの戦いは、たとえ一回の局地戦で勝利できたとしても、再び台頭してくる相手と戦い続けなければなりません。忍耐が求めら...

恵みを見据え御言葉に固く立つ信仰(ヨシュア記 16章) 30.04.2025

彼らがゲゼルに住むカナン人を追い出さなかったので、カナン人はエフライムと共にそこに住んで今日に至っている。 (ヨシュア記16章10節) 16章には、ヨセフ族の片方であるエフライム族の嗣業の土地について記されています。彼らはゲゼルに住むカナン人を追い出しませんでした。その結果、カナン人はエフライムと共にゲゼルに住み続け、強制労働に服していました(10節)。 また、同じヨセフ族のもう片方であるマナセ族についても、...

ただ神の栄光のために生きる(詩編 127編) 29.04.2025

主御自身が建ててくださるのでなければ 家を建てる人の労苦はむなしい。 (詩編127編1節) 日本キリスト改革派教会は来年創立八十周年を迎えます。主がこれまでの歴史を守り導いてくださったことに感謝しつつ、新しい信仰の志のもと、八十周年以後の歩みを刻んでいきたいと願います。 創立宣言には「敗戦祖国の再建」「より良い日本の建設」といった言葉が見られます。敗戦直後の日本の状況を反映している言葉です。「敗戦祖国の再建...

信仰によって約束の地を受け継ぐ(ヨシュア記 15章) 28.04.2025

主の命令に従い、ヨシュアはエフネの子カレブに、ユダの人々の領内のキルヤト・アルバすなわちヘブロンを割り当て地として与えた。 (ヨシュア記15章13節) イスラエルの九つ半の部族に割り当てられた土地は、「くじ」によるものでした。しかし、ケナズ人エフネの子カレブには、別の手段で土地が与えられることが約束されました。「その日、モーセは誓って、『あなたがわたしの神、主に従いとおしたから、あなたが足を踏み入れた土地...

復活の主がわたしにも現れた(ヨハネによる福音書 20章19-31節) 27.04.2025

イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 (ヨハネによる福音書20章21節) 週の初めの日の夕方、復活の主が、ユダヤ人を恐れて閉じこもっていた弟子たちの中に現れてくださいました。「あなたがたに平和があるように」。復活の主との出会いは、弟子たちに平和をもたらします。「弟子たちは、主を見て喜んだ」と記されます。 ところが「十二人...

神の裁きによる救いの希望(詩編 82編) 26.04.2025

神よ、立ち上がり、地を裁いてください。 あなたはすべての民を嗣業とされるでしょう。 (詩編82編8節) 詩編82編には、神に地の裁きを願う詩人の詩が記されています。 詩人は、神の会議の中で、神が神々を裁くというオリエントの神話的な光景を借りて、神のように君臨する当時の支配者たちを批判します(1節)。「いつまであなたたちは不正に裁き、神に逆らう者の味方をするのか。弱者や孤児のために裁きを行い、苦しむ人、乏しい人...

信仰によって健やかに生きる(ヨシュア記 14章) 25.04.2025

「今日わたしは八十五歳ですが、今なお健やかです。」 (ヨシュア記14章10節~11節) カレブは四十歳のとき、モーセによって、ヨシュアと共にカナン偵察隊の一人に選ばれました。そしてカナンに入るべきだと報告しました。しかし、ヨシュアとカレブ以外の十人が入るべきではないと報告し、民をも扇動して反対させたため、イスラエルは神の怒りを買い、四十年間の荒れ野放浪の旅が始まったのです(民13、14章)。 しかし、カレブはそ...

ひたすらに神の御命令につき従う(ヨシュア記 13章) 24.04.2025

「あなたは年を重ねて、老人となったが、占領すべき土地はまだたくさん残っている。」 (ヨシュア記13章1節) カナンの土地を与えると約束された神は、ヨシュアとイスラエルに対して、「恐れてはならない」と励ましながら、数々の戦いに勝利させてくださいました。長い年月にわたって戦い続けてきたヨシュアでしたが、既に百歳近くになっていたでしょう。しかし、神は占領すべき土地は、カナンの北から南まで、まだたくさん残ってい...

征服の結果を確認し、さらに前進する(ヨシュア記 12章) 23.04.2025

ヨシュアの率いるイスラエルの人々がヨルダン川のこちら側、すなわち西側で征服した国の王は次のとおりである。 (ヨシュア記12章7節) 12章にはヨルダン川の東側で征服された王たちと、ヨルダン川の西側で征服された王たちについて具体的に記されています。ヨシュアをリーダーとするイスラエルは、長い年月をかけて、神が与えると約束された土地を戦い取っていくことができました。この章には、その結果が記されています。 特にヨル...

彼らを恐れてはならない(ヨシュア記 11章) 22.04.2025

主はヨシュアに言われた。「彼らを恐れてはならない。わたしは明日の今ごろ、彼らすべてをイスラエルに渡して殺させる。」 (ヨシュア記11章6節) カナンの地の北部にある大きな町ハツォルの王ヤビンは、ヨシュアの率いるイスラエルが南部の町々で勝利を収めたことを聞き(10章)、北部の諸王に呼びかけ、イスラエルを迎え撃つために、全軍を率いてメロムの水場に陣を敷きました。彼らは戦車や馬を数多く持っていたため、それらを持...

全世界へ出て福音を宣べ伝えなさい(マルコによる福音書 16章) 21.04.2025

それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」 (マルコによる福音書16章15節) 復活された後、主イエスは弟子たちの前に姿を現わされます。しかし、弟子たちは、主イエスが復活したことを喜ぶより復活を信じることができない思いがありました。弟子たちは主イエスを裏切っていたので、主イエスが自分たちの前に現われるたびに、心苦しかったはずです。しかし、この場面で、主イエ...

泣く者に復活のよろこびを(ヨハネによる福音書 20章11-18節) 20.04.2025

イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。 (ヨハネによる福音書20章16節) 週の初めの日、朝早く、マグダラのマリアはイエスが葬られているはずの墓に急ぎました。ところが、イエスの遺体がなくなっていたのです。私たちは死に対して無力です。人を生き返らせることなどできませんし、死別の悲しみは簡単に消えません。愛する人の死を、なかなか乗り越え...

最良の小麦と蜜のような神の言葉(詩編 81編) 19.04.2025

主は民を最良の小麦で養ってくださる。 「わたしは岩から蜜を滴らせて あなたを飽かせるであろう。」 (詩編81編17節) 詩人は、「わたしたちの力の神に向かって喜び歌い…角笛を吹き鳴らせ、新月、満月、わたしたちの祭りの日に」(2~4節)と、神賛美へと人びとを招きます。この「祭り」とは、その特徴から「仮庵祭」であることが分かります。それは、収穫を祝う「収穫祭」ですが、元々はイスラエルの民がエジプトの国から導き出さ...

神から離れた者から神と共に生きる者へ(マルコによる福音書 15章) 18.04.2025

すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。 (マルコによる福音書15章38節) 聖書は主イエスが十字架で死なれた後、不思議な出来事が起こったことを記しています。それは、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けたことです。 神殿の垂れ幕とは聖所と至聖所とを隔てる幕のことです。この垂れ幕は、イスラエルの民が神に、そのままでは近づくことができないことの象徴であり、大祭司による贖罪が必要なことを意味して...

まるごと受け入れてくださるイエス(マルコによる福音書 14章) 17.04.2025

イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」 (マルコによる福音書14章30節) ペトロは十二弟子の筆頭格の立場にありました。それゆえ、主イエスに従うことについて強い思いを持っていました。オリーブ山に向かう道で主イエスは、ゼカリヤ書の言葉を引用しつつ、「あなたがたは皆わたしにつまずく」と言われます。これは、受難の出来事において...

世の終わりに救いの言葉が成就する(マルコによる福音書 13章) 16.04.2025

「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」 (マルコによる福音書13章31節) 主イエスは、弟子たちに世の終わりが来ることをいちじくの木から教えようとされます。いちじくの木はどこにでもあるポピュラーなものでした。日本において桜の花が咲くと春を感じさせるように、パレスチナにおいていちじくの木々の葉が出てくると、人びとは夏が近づいていることを感じ取ったのでした。主イエスは弟子たちに身近にあるいちじくの...

神への愛と人への愛は一つのもの(マルコによる福音書 12章) 15.04.2025

イエスは律法学者が適切な答えをしたのを見て、「あなたは、神の国から遠くない」と言われた。もはや、あえて質問する者はなかった。 (マルコによる福音書12章34節) 神への愛と人への愛は切り離すことができない関係にあります。ある律法学者が主イエスに、「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」と質問します。これに対して主イエスは、第一の掟として「唯一の神を愛すること」、第二の掟として「人を愛すること」と答えら...

平和のために子ろばに乗られた王(マルコによる福音書 11章) 14.04.2025

「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。」 (マルコによる福音書11章9節) 主イエスの最後の一週間、受難週が始まります。主イエスは、エルサレムに入城された際に、二人の弟子に子ろばを連れてくるようにお命じになりました。そして、連れてこられた子ろばに、ご自分の服をかけ、お乗りになります。主イエスが通られる道では多くの人が自分の服と葉の付いた枝を道に敷きました。そこで、主イエスに従う人たちは...

赦しをもたらす主の十字架(ルカによる福音書 23章32-43節) 13.04.2025

そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。 (ルカによる福音書23章42節) 二人の犯罪人が、主イエスと一緒に十字架につけられました。まるで主イエスが犯罪人の親玉であるかのように、一人は右に、一人は左に。 祈祷会に集っておられた求道者の方に、「イエスさまの十字架の死は英雄の死ではなかったのですか?」と聞かれたことがあります。決して主イエスは英雄として死な...

御顔の光の輝きによる救い(詩編 80編) 12.04.2025

神よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。 (詩編80編4節) 詩編80編には、国の滅亡と荒廃に伴う詩人の嘆きの祈りが記されています。「万軍の神、主よ、あなたの民は祈っています。…あなたは涙のパンをわたしたちに食べさせ、なお、三倍の涙を飲ませられます。わたしたちは近隣の民のいさかいの的とされ、敵はそれを嘲笑います」と、神に苦悩を訴えています(5~7節)。 そのような中で、詩人は「...

ご自分の死よりも子供の招き(マルコによる福音書 10章) 11.04.2025

「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」 (マルコによる福音書10章14節) 主イエスが子供たちを招く光景はほほえましく映りますが、これは決して当たり前の光景ではありません。主イエスはご自分の受難と復活を、すでに二度予告しており、このあとも予告をくりかえされます。今は、ご自分の死のことで胸が詰まってもおかしくないときです。そのようなときに、主イエ...

神に背いたこの私さえ(マルコによる福音書 9章) 10.04.2025

「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」 (マルコによる福音書9章40節) 主の名によって悪霊を追い出す者たちが現れました。それは主イエスの働きが多くの人びとに知られ、好感を得ていたためです。ここに宣教の広がりを見ることができます。喜ばしいことです。しかし、弟子たちは納得できません。「だれがいちばん偉いか」と議論していたためです(34節)。彼らの中では、宣教の成果を自分の成果とすること...

メシア神の御子罪人の救い主(マルコによる福音書 8章) 09.04.2025

そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」 (マルコによる福音書8章29節) 人びとは主イエスが何者であるかに関心を抱きました。大勢の人びとの空腹を満たし、耳の聞こえない人や目の見えない人を癒し、その業や言葉に驚きを隠せなかったからです。ただし、人びとはその正体を見破ることができませんでした。「洗礼者ヨハネ」も「エリヤ」も...

パン屑によってさえ養われる(マルコによる福音書 7章) 08.04.2025

女は答えて言った。「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます。」 (マルコによる福音書7章28節) ある異邦人女性が主イエスにひれ伏しました。悪霊に取りつかれた娘の救いを求めてやって来たのです。すると、主イエスは「子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない」と言われました(27節)。主イエスは、ご自分の使命が、まずイスラエルの養いと救いにあることを示され、女性の願いを一旦取り下げさせ...

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