RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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13 de out de 2026
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Episódios
救いは主からだけいただける(箴言 21章) 27.09.2025
どのような知恵も、どのような英知も、勧めも、主の御前には無に等しい。戦いの日のために馬が備えられるが、救いは主による。 (箴言21章30節~31節) 「正しい人は自分の道を整える」とあります(29節)。いったい、その正しさはどこにあるのでしょうか。 王として立てられたダビデですが、彼もまた多くの罪を犯しました。だからこそ、「主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら、主よ、誰が耐ええましょう。しかし、赦しはあ...
新しい神殿巡るエゼキエル(エゼキエル書 41章) 26.09.2025
更に、拝殿の奥の面まで奥行きを測ると二十アンマ、その横幅も二十アンマであった。そして彼はわたしに、「ここが至聖所である」と言った。 (エゼキエル書41章4節) エゼキエルが見た都の建物は、新しい神殿の幻でした。青銅のように輝いている人がエゼキエルを神殿の拝殿に連れて行きました。 そこは神殿の中心部になります。青銅の輝きの人は六アンマの測り竿を持っており、その測り竿で建物を測ります。その長さは、3.15メートル...
新しい神殿の幻見るエゼキエル(エゼキエル書 40章) 25.09.2025
神の幻によって、わたしはイスラエルの地に伴われ、非常に高い山の上に下ろされた。その南側に都のように建設された物があった。 (エゼキエル書40章2節) これまで預言者エゼキエルに示された幻は、神の裁きを示すものでした。彼は都が破壊され神殿から神の栄光が去ることを預言しました。そして、後に都も神殿も破壊され、瓦礫になりました。 しかし、神は、再び新しい神殿を建てることをエゼキエルに幻で示されます。それは彼が捕...
わが聖なる名を知らせよう(エゼキエル書 39章) 24.09.2025
「それゆえ、主なる神はこう言われる。今やわたしはヤコブの繁栄を回復し、イスラエルの全家をわが聖なる名のゆえに熱い思いをもって憐れむ。」 (エゼキエル書39章25節) ゴグとその大軍団が主によって裁かれて後、主の御民に二つの役目が与えられます。一つは、あらゆる種類の猛禽と野の獣の餌食となった彼らの遺体、遺骨をすべて探し出して、地に埋めるという役目です。こうして、七カ月をかけて地を清めます。 もう一つの役目は...
ゴグに対する主の徹底した裁き(エゼキエル書 38章) 23.09.2025
「わたしはお前を立ち帰らせ、お前の顎に鉤をかけて、お前とその全軍、馬と騎兵を連れ出す。」 (エゼキエル書38章4節) 37章で、イスラエルの完全な回復が約束されました。けれども、まだ十分ではありません。主の救いのご計画の中で、なお一つ成し遂げられなければならない御業がありました。それは、総首長ゴグが率いる悪の一大勢力の滅亡です。主は驕り高ぶる罪と悪をそのままにはされません。 驕り高ぶるゴグ自身は、顎に鉤をか...
枯れた骨であっても生き返る(エゼキエル書 37章) 22.09.2025
「これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。」 (エゼキエル書37章5節) 谷間に満ちる枯れ果てた骨の山、何とも不気味な絶望と静寂が満ちる情景です。しかし、主はここに復活の恵みを注ぐと約束されました。 なるほど、この預言の言葉を最初に聞く捕囚の御民は、ふてくされたままであったことでしょう。先祖の罪の報いを我々が負わされるのは不公平だ...
神と富とに仕えることはできない(ルカによる福音書 16章1-13節) 21.09.2025
「どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。…あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」 (ルカによる福音書16章13節) 「どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない」に続いて、「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」とあります。本来、富は、仕える対象ではありません。けれども、ここで言う「富」は、「マモン」と呼ばれ、拝金主義という偶像礼拝を意味しています。富が偶像となり、主人...
きようも主の灯に照らされて(箴言 20章) 20.09.2025
主の灯は人間の吸い込む息。腹の隅々まで探る。 (箴言20章27節) 「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」(創2章7節)。聖書は人間の創造についてこのように教えています。この主なる神の息によって造られた私たちは、きょうも生きる者として神の言葉をいただいています。 私たちが神の言葉に生きることが許されるのは、いつも、主なる神が私のことを知ってくださる...
主にあって善にさとく悪には疎く(ローマの信徒への手紙 16章) 19.09.2025
あなたがたの従順は皆に知られています。…なおその上、善にさとく、悪には疎くあることを望みます。 (ローマの信徒への手紙16章19節) ローマの信徒への手紙の最終章で、パウロは一人ひとりの名前を挙げて挨拶を連ねます。しかし、突然厳しい戒めの言葉を記します。正統な教えに反して不和やつまずきをもたらす人びとを警戒するようにと勧めるのです。背景には当時のローマ教会におけるさまざまな混乱がありました。その混乱の原因...
私たちの希望の源である神(ローマの信徒への手紙 15章) 18.09.2025
希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。 (ローマの信徒への手紙15章13節) パウロは15章の冒頭で、自分の満足ではなく隣人を喜ばせることを勧めます。そして、9節から12節にわたって旧約聖書の四つの箇所を続けて引用します。いずれも、異邦人がユダヤ人と共に神をたたえ、神に希望を置くという内容です。聖書全体を貫くこの...
神の御前で相応しく心を整える(ローマの信徒への手紙 14章) 17.09.2025
あなたは自分が抱いている確信を、神の御前で心の内に持っていなさい。自分の決心にやましさを感じない人は幸いです。 (ローマの信徒への手紙14章22節) キリスト者であれば誰しも、神の御前で正しいことをしたい、神の御心に適った生き方をしたいと願うものです。けれども、何が神の御前に正しく良いことなのかについての判断は、人によって異なることがあります。そして私たちは、自分と異なる考えを持つ人を神に背く者として裁い...
神の恵みの時が来ている(ローマの信徒への手紙 13章) 16.09.2025
更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。 (ローマの信徒への手紙13章11節) 現代では、多くの人が、将来の希望が見えにくいと感じているのではないでしょうか。さまざまな格差が広がり、地球環境の破壊が進み、人と人との対立は激しさを増しています。この先いくら努力をしてもさほど良いことがあるとは思えないのです。昨日も今日も明日も大した違いはない、た...
どのように神に奉仕するか(ローマの信徒への手紙 12章) 15.09.2025
こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。 (ローマの信徒への手紙12章1節) キリストによる救いをいただいた私たちはどのように生きるのか。それに対する具体的な勧めが12章から記されています。私たちは、心身共に健康で力強くありたいと願い、また自分の理想や自己実現を追い求めて生きようとするのかもしれません。けれども、誰もがそ...
一匹の羊を捜し出される主イエス(ルカによる福音書 15章1-10節) 14.09.2025
「言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」 (ルカによる福音書15章10節) 羊飼いは、一匹ずつ、羊に名前を付けて、日々世話をしています。何か変わったことはないか、気をつけて見ながら、囲いの中に入れ、羊飼い自身が囲いの門となって、夜は羊を守ります。羊は近視で、群れから離れると迷子になり、崖から落ち、あるいは、獣に喰われる危険もありました。野原で羊が羊飼いから離れ...
私たちは主にあって満ち足りる(箴言 19章) 13.09.2025
主を畏れれば命を得る。満ち足りて眠りにつき災難に襲われることはない。 (箴言19章23節) 満ち足りて眠ることができるとすれば、眠っているわたしのことをしっかりと見守ってくださる方がおられるからです。出エジプト記12章42節の御言葉を思い出します。「その夜、主は、彼らをエジプトの国から導き出すために寝ずの番をされた。それゆえ、イスラエルの人々は代々にわたって、この夜、主のために寝ずの番をするのである」。 満ち...
主によって成就された救いの恵み(エゼキエル書 36章) 12.09.2025
「わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。」 (エゼキエル書36章26節) 御民イスラエルは、捕囚の地に追いやられても主の聖なる御名を汚していました。悔い改めることを少しもせず、この不幸の原因は先祖たちの背きの罪にあると決めつけていたからです(18章1、2節)。 その彼らに、主なる神は救いの日を来たらせると約束されました。その日...
そのとき主こそ神であると知る(エゼキエル書 35章) 11.09.2025
「セイル山よ、エドムの全地よ、お前は荒れ地となる。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。」 (エゼキエル書35章15節) 箴言24章17節の御言葉は、私たちにこう教えています。「敵が倒れても喜んではならない。彼がつまずいても心を躍らせるな」。それゆえ、どのような敵であっても、私たちがその相手に対して持つべきは敵意とあざけりの心ではなく、赦しと憐れみの心です。しかし、セイルすなわちユダの隣国エド...
救いを与える約束された牧者(エゼキエル書 34章) 10.09.2025
「わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それは、わが僕ダビデである。彼は彼らを養い、その牧者となる。」 (エゼキエル書34章23節) 主の御怒りによって、捕囚の地に連れて来られていた御民は、34章の主の言葉をどう聞いたでしょうか。 まず、「災いだ、自分自身を養うイスラエルの牧者たちは」という告発の言葉に、「本当に、そのとおりだ。彼らはひどく自分勝手だった!」と怒りを新たにしたことでしょう。...
希望を抱いて主に立ち帰れ(エゼキエル書 33章) 09.09.2025
「立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。」 (エゼキエル書33章11節) エゼキエルは、イスラエルの見張りとして、エルサレムの陥落と捕囚を経験し望みを失った民に、新しい民として再出発するために語りかけます。民の救いのためには悔い改めが必要です。神の裁きを重く受け止めた民の間では、「我々の背きと過ちは我々の上にあり、我々はやせ衰える。どうして生き...
陰府に下るエジプト(エゼキエル書 32章) 08.09.2025
「人の子よ、…エジプトとその貴族たちのために泣き悲しめ。わたしは彼らを地の低い所に下らせる、穴に下って行く者と共に。」 (エゼキエル書32章18節) エルサレムが陥落して間もなく、エジプトとファラオに対する神の審判が預言されました。ファラオは、川の中であばれ回る水中のわにのようだと、その高慢さと暴虐性を譬えられています。そこで、神は「地引き網でお前を引き上げ」、野に投げ捨てられる、と高ぶるファラオへの裁き...
自分の十字架を背負って(ルカによる福音書 25-33節) 07.09.2025
「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。」 (ルカによる福音書14章27節) 大勢の群衆が、主イエスについてきました。途方もない人数だったことでしょう。主イエスの言葉や、主イエスの奇跡を見て、自分も願いを叶えてほしいと思ったのでしょうか。 しかし、主イエスは、群衆と弟子は、全く違うとおっしゃいます。神を第一に愛し、自分の命が神の御手の内に在ることを信じて、自...
主の御名のあるところに走り寄る(箴言 18章) 06.09.2025
主の御名は力の塔。神に従う人はそこに走り寄り、高く上げられる。財産は金持ちの砦、自分の彫像のそびえる城壁。 (箴言18章10節~11節) 「主の御名は力の塔」と語られています。新改訳では「堅固なやぐら」となっていますが、城壁などの上に造られた高い建物のことです。そこから敵の動きを見張り、攻撃することができました。それだけでなく、同時に、敵の攻撃から身を守り、逃げ込むことができるところでもあります。そこが「主...
その枝は美しく、梢は雲間に届く(エゼキエル書 31章) 05.09.2025
「それゆえ、主なる神はこう言われる。彼の丈は高くされ、その梢を雲の間に伸ばしたので、心は驕り高ぶった。」 (エゼキエル書31章10節) この章では、エジプトを雲間に届くほどの糸杉、レバノン杉にたとえています。「大枝には空のすべての鳥が巣を作り、…多くの国民が皆、その木陰に住んだ」(6節)。エジプトはナイル川の恵みにより、農業をはじめ、その豊かさは他国を凌いでいました。世界に誇るエジプトの栄耀栄華はファラオの...
主の裁きの日を前にして(エゼキエル書 30章) 04.09.2025
「主なる神はこう言われる。泣き叫べ、ああ、その日は災いだ。その日は近い。主の日は近い。それは密雲の日、諸国民の裁きの時である。」 (エゼキエル書30章2節~3節) 「その日は近い。主の日は近い」と主の日の到来が語られます(3節)。「主の日」とは神の審判の日のことです。ここではエジプトへの裁き、すなわちバビロンの王ネブカドレツァルによるエジプトと同盟国の破壊が預言されています。「剣がエジプトに臨み、…エジプト...
頼るべきただ一人のお方(エゼキエル書 29章) 03.09.2025
「その日、わたしはイスラエルの家のために一つの角を生えさせ、彼らの間にあってその口を開かせる」 (エゼキエル書29章21節) エジプトに対する預言が語られています。1節の「第十年の十月十二日」は、エルサレムの包囲が始まってから一年後の前587年初頭のことです。エジプトの罪は「ナイル川はわたしのもの、わたしが自分のために造ったものだ」と言った高慢さです(3、9節)。ファラオはナイル川に横たわる「巨大なわに」にたと...
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