RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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Épisodes
いつだって神に食い下がる(ヨブ記 13章) 27.03.2026
そして、呼んでください、お答えします。 わたしに語らせてください、返事をしてください。 罪と悪がどれほどわたしにあるのでしょうか。 (ヨブ記13章22節~23節) 神を害悪の源でもある全能者として畏れるヨブは、死の覚悟をもって、神への申し立てを望みます。彼は、神が気まぐれにヨブを懲らしめるのを中止すること(21節)、あるいはそれが正当な懲らしめであるならば、その落ち度を指摘してくださること(23節)を求めます。そ...
神を害悪の源と見なすヨブの洞察(ヨブ記 12章) 26.03.2026
大地に問いかけてみよ、教えてくれるだろう。 海の魚もあなたに語るだろう。 彼らはみな知っている。 (ヨブ記12章8節~9節) ヨブの苦悩を理解しないツォファルの叱咤(11章)を、ヨブは、人の不幸を笑っているとして批判します。 ツォファルの叱咤には勧善懲悪の雰囲気がありましたが、ヨブは勧善懲悪なんて虚構である、と言い返します。ヨブが知る限り、世界においては、参議、裁判官、王、祭司などが神によって路頭に迷わせられ...
友を励ますために必要な神理解(ヨブ記 11章) 25.03.2026
あなたは言う。 「わたしの主張は正しい。 あなたの目にもわたしは潔白なはずだ」と。 しかし、神が…何と言われるか聞きたいものだ。 (ヨブ記11章4節~5節) ヨブの見舞いに来た友人ツォファルは、10章のヨブの独白に応答して、ヨブを叱咤します。ツォファルによれば、ヨブの独白はヨブ自身が恥じ入ることになる「無駄口」「嘲りの言葉」に過ぎません(3節)。そう断ずる理由は、神がヨブを不当に苦しめているのではないのに、ヨブ...
神はヨブの命から離れない(ヨブ記 10章) 24.03.2026
「わたしの人生など何ほどのこともないのです。 わたしから離れ去り、立ち直らせてください。」 (ヨブ記10章20節) 神との間に仲裁者がいれば、神に訴えたいことがあるのに…。そのようにつぶやいたヨブ(9章)の訴えの内容が、きょうの10章です。 手ずからヨブを造った神(3、9節)は、ヨブに「命と恵み」を約束し、ヨブを生かしてくださいました(12節)。しかし、今のヨブは「生きることをいとう」(1節)状態です。ヨブは、神が...
仲裁者の出現を夢見るヨブ(ヨブ記 9章) 23.03.2026
あの方とわたしの間を調停してくれる者 仲裁する者がいるなら… 恐れることなくわたしは宣言するだろう わたしは正当に扱われていない、と。 (ヨブ記9章33節、35節) シュア人ビルダドの言葉(8章)、すなわち「潔白な者は神によって苦悩から救い出される」という励ましを聞いても、ヨブには響きません。なぜなら、ヨブは自身を神によって潔白とされた者だと理解していたからです。そんな自分が今なお苦悩しているのは、神の側の何ら...
立ち上がって私たちの墓石を取り除け(ヨハネによる福音書 11章1-44節) 22.03.2026
イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。 (ヨハネによる福音書11章40節) 主に愛されたラザロは、今、腐臭を放つ遺体として、暗い墓穴に納められています。人は皆、いつか死を迎えます。そこで宗教が生まれます。避けられない死の別れを乗り越えようとする、人類の知恵の結晶です。優れた宗教者は、死を共に悲しむ共感力に優れた人だと言えるでしょう。主イエスもまた、共に涙を流...
律法を守り信仰の道を歩む恵み(詩編 119編) 21.03.2026
あなたの律法を理解させ、保たせてください。 わたしは心を尽くしてそれを守ります。 (詩編119:34) 詩編の中で最も長い119編は、8節ごとの各段落の各節で、頭の文字を同じヘブライ語のアルファベットにそろえ、それを22文字の順に変えていくという「アルファベット詩」となっています。その意味では、最も技巧的な詩編と言えるかもしれません。 内容的には、この詩編は、主なる神の「律法」が知恵の源泉であり、人を幸いな生涯へと...
潔白を求めず潔白と宣する愛の神(ヨブ記 8章) 20.03.2026
また、あなたが潔白な正しい人であるなら 神は必ずあなたを顧み あなたの権利を認めて あなたの家を元どおりにしてくださる。 (ヨブ記8章6節) ヨブの友人、シュア人ビルダドは、神の正しさを説いて、ヨブを励まそうとします。つまり彼は、「神は、正しいお方であるゆえに、必ず潔白な者を顧み、その権利を認めて、苦悩から救い出してくださるのだ」という論理で励まそうとしているのです。だから彼は、ヨブに潔白であることを要求...
忍耐強く祈り賢いことばを語ろう(コロサイの信徒への手紙 4章) 19.03.2026
時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい。 (コロサイの信徒への手紙4章5節) パウロは健やかな信仰生活の二つの大切な点に注目しています。ひとつは、福音が広がるために忍耐強く祈ること(2~4節)。もうひとつは、社会の中でのふるまいにおいて賢いことばを用いることです(5~6節)。手紙の最後には、ローマで共にいる人びとからのあいさつや知らせが記されています(7~18節)。 このことによってパウロは、福音の広...
主の姿に倣う新しい人を身に着け(コロサイの信徒への手紙 3章) 18.03.2026
造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。 (コロサイの信徒への手紙3章10節) パウロは今、信徒がキリストと結ばれていることが、どのようにその人の思いと行動を導くべきかを説明しています。この結びつきは、信徒の生活や行い、そしてあらゆる人間関係に直接かかわります。 信徒はキリストと共に死からよみがえらされたので、その心と生活を、過去の罪深い生き方ではなく、神と共にあるキ...
キリストに根ざし堅く立つ(コロサイの信徒への手紙 2章) 17.03.2026
あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。 (コロサイの信徒への手紙2章6節) 使徒パウロは、歩み始めたばかりのコロサイのキリスト者に「キリストに従う」ことに心を向けさせました。彼らは木が根を張るようにキリストに根ざし、しっかりした建物のように建てられ、確かな信仰に立つようにと励まされています。そのように生きることで、真理に基づいた安定が与えられ、あふれる感謝...
生けるまことの神の姿(コロサイの信徒への手紙 1章) 16.03.2026
御子はすべてのものよりも先におられ、すべてのものは御子によって支えられています。 (コロサイの信徒への手紙1:17) キリストこそすべてです。 使徒パウロはこの確信をもって、コロサイの若い教会に語りかけました。キリスト讃歌(15~20節)はパウロがこの手紙を書く以前から存在したもので、おそらく一世紀のキリスト者にとって馴染みのあるものだったでしょう。キリストにある豊かな財産を壮大な規模で、また鮮やかに祝います...
光の裁き追放する社会受入れる教会(ヨハネによる福音書 9章) 15.03.2026
「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」 (ヨハネによる福音書9章39節) 生まれつき目の見えない男性が、エルサレム神殿へと続く大通りで物乞いをしていました。弟子たちは、主イエスに尋ねます。「だれが罪を犯したからですか」と。彼らですら、生まれつきの障害は罪の罰であるという先入観に囚われていました。 しかし、主イエスは、「神の業がこ...
今日こそ主の御業の日喜び祝おう(詩編 118編) 14.03.2026
今日こそ主の御業の日。 今日を喜び祝い、喜び躍ろう。 (詩編118編24節) 信仰者は、聖書の中の「今日」という言葉を、自らの「今日」と重ねます。この詩編の「今日」(24節)も、この詩編の内容が、信仰者たちの体験と重ねられて理解されてきました。 そして、この詩編は、そのような「今日」に「家を建てる者の退けた石が隅の親石となった」(22節)と語ります。「隅の親石」とは、建物の壁の基礎を石で組む際、四隅にあたる部分...
二十周年宣言教会の生命は礼拝にある(ローマの信徒への手紙 11章36節) 13.03.2026
すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン。 (ローマの信徒への手紙11章36節) 1966年4月28日に採択された「二十周年記念宣言(以下、「宣言」)」は、「創立宣言」の主張の第二点「見える教会」を具体的に展開しています。 「宣言」が見つめるのは、見える教会の生命です。「教会の生命は礼拝にある」。礼拝は生けるキリストにおいて神ひとと共に住みたも...
神の眼差しは罪あるわたしを見守っている(ヨブ記 7章) 12.03.2026
わたしを見ている目は、やがてわたしを見失い、 あなたが目を注がれても わたしはもういないでしょう。 (ヨブ記7章8節) 苦しんでいるヨブを見て、神も苦しんでおられるのではないでしょうか。神は憐れみの主だからです。 ヨブには神の眼差しが、憐れみと慈しみに富むとは思えなくなっています。このような経験は、私たちにもあるかもしれません。神は義なるお方ですが、私たちには罪があるからです。義なる神に見られるなら、私た...
ありのままを神の御前にさらけ出そう(ヨブ記 6章) 11.03.2026
全能者の矢に射抜かれ わたしの霊はその毒を吸う。 神はわたしに対して脅迫の陣を敷かれた。 (ヨブ記6章4節) 神がわたしを痛めつけておられる。これがヨブの偽らざる気持ちです。ヨブは今、神の懲らしめを受け止めようとしています。しかし、彼には耐える力がありません。その身は傷つき破れ、死を待つほどになっているからです。このような時に、どのようにして希望を見いだせるでしょうか。ここまで来ると、あまり多くを望むこと...
苦難の時にも善き御心があると信じる(ヨブ記 5章) 10.03.2026
見よ、幸いなのは 神の懲らしめを受ける人。 全能者の戒めを拒んではならない。 (ヨブ記5章17節) エリファズの言葉は続きます。彼はもはやヨブを慰めるつもりはありません。むしろ神に代わってヨブを裁こうとします。ヨブが神の教育的配慮を正しく受け止めないからです。 エリファズの信じる神は因果応報の神です。すべての出来事には、原因に基づく結果があると考えています。現在の境遇が悪いのは、悪しき原因があるからです。も...
人の正しさは慰めとならず救いとならず(ヨブ記 4章) 09.03.2026
「人が神より正しくありえようか。 造り主より清くありえようか。 」 (ヨブ記4章17節) 三人の友人がヨブを慰めるために集まってきました。しかし、信仰深いヨブを知っているだけに、彼らは怪しむのです。ヨブは罪を犯したので神に打たれているに違いない。 慰めるつもりのエリファズは言います。「人が神より正しくありえようか。造り主より清くありえようか」。 エリファズの言うことは正しいのです。確かに、人は神より正しくあ...
真の礼拝は人を救い社会を変える(ヨハネによる福音書 4章1-42節) 08.03.2026
「しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」 (ヨハネによる福音書4章14節) 主イエスは今、伝道の旅に疲れ、喉の渇きを覚えて、一人、井戸のそばに座っておられました。そこに、サマリアの女性が人目を避けて水を汲みに来ました。「水を飲ませてください。」主イエスは、こうして彼女に語りかけ、彼女の隣人となられます。 確かに彼女も、礼拝を...
すべての民よ主をほめたたえよ(詩編 117編) 07.03.2026
すべての国よ、主を賛美せよ。 すべての民よ、主をほめたたえよ。 (詩編117編1節) この117編は、2節しかなく、150の詩編の中でもっとも短い詩編です。113編から118編までの「ハレル詩編」に含まれ、ユダヤ教の祭り、特に過越祭で歌われる賛美の歌でもありました。主イエスも、最後の晩餐の後に、弟子たちとこれらを歌ったであろうと想像します。 この詩編は二つのことを歌っています。一つは、すべての国、すべての民に対して、つ...
嘆きの淵から呼ばわる者に応えられる神(ヨブ記 3章) 06.03.2026
わたしの生まれた日は消えうせよ。 男の子をみごもったことを告げた夜も。 (ヨブ記3章3節) 3章のヨブは、まるで人が変わったかのように思えます。神を呪うことはしませんが、自分の生まれた日を呪っています。命は神から来ます。ですから、命が与えられた日を呪うとは、神に異議申し立てをするのと同じようなことです。 しかし、ヨブを非難できるでしょうか。家族や財産を奪われ、我が身にも満足なところはありません。絶望するの...
わたしの苦しみを知っている神(ヨブ記 2章) 05.03.2026
「わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」 (ヨブ記2章10節) ヨブは今、どこまで神を信じ続けることができるかと試されています。ヨブを苦しめているのはサタンです。しかしヨブは、我が身に災いを受けても、神のなさることは最善であると告白します。神だけを信じています。 サタンは、ヨブが神を呪わないのは、彼自身の身が傷ついていないからだと言います。家族を失うことと我が身が傷つ...
苦しいから神に向かって叫びをあげる(ヨブ記 1章) 04.03.2026
「わたしは裸で母の胎を出た。 裸でそこに帰ろう。 主は与え、主は奪う。 主の御名はほめたたえられよ。」 (ヨブ記1章21節) ヨブ記は、正しい人、義人がなぜ苦しむのかを問うています。問われるのは義人の苦しみだけではありません。人の苦しみを見ておられる神は義しいのかと神の義を問うています。 ヨブは神を畏れる正しい人でした。そんなヨブを評して、サタンは言います。「ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか」。これ...
受けた恵みは仕えるために(エステル記 10章) 03.03.2026
ユダヤ人モルデカイはクセルクセス王に次ぐ地位についたからである。…彼はその民の幸福を追い求め、そのすべての子孫に平和を約束した。 (エステル記10章3節) エステル記の結びの章は、大国を治めるクセルクセス王の偉大さを記すことから始まります。この偉大な王から栄誉を与えられたモルデカイを強調するためです。神に仕えたモルデカイは、このようにして大いに高められたのでした。 こうして高められたモルデカイは王に次ぐ地...
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