田舎坊主 森田良恒

田舎坊主の読み聞かせ法話

田舎坊主の読み聞かせ法話田舎坊主が今まで出版した本の読み聞かせです和歌山県紀の川市に住む、とある田舎坊主がお届けする独り言ーもしこれがあなたの心に届けば、そこではじめて「法話」となるのかもしれません。人には何が大事か、そして生きることの幸せを考えてみませんか。

Autor

田舎坊主 森田良恒

Kategorie

Religion

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9. Jul 2026

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「おわりに」田舎坊主のぶつぶつ説法 30.05.2023

人は、よく「相手の立場になれ」というが、そう簡単になれないものだ。 「坊主は修業ができているから」と、容易に相手の立場に立ち、相手を理解できるように思っている人も多いようだが、私はいまだにその境地に達し得ない修業不足の田舎坊主だ。 かつて、次女を胆道閉鎖症で亡くすという経験がなければ、原因不明で治療法が確立されていない難病が数多く存在することすら知らなかっただろうし、難病患者の団体を結成し患者会とか...

「今を生きる ー風なき桜の散華ー」田舎坊主のぶつぶつ説法 28.05.2023

西行法師が「願わくば 花のもとにて春死なむ その如月の 望月のころ」と詠んだのは、 「死ぬときは春がいい、桜の花の咲く春がいい、そしてできるものなら、旧2月の満月のころがいい、それはお釈迦さまが入滅されたのが旧2月15日だから、その日に死にたい」と考えていたのだろう。 親父の死は、西行法師もうらやむほど贅沢で、結構で、何よりも、望むだに叶わぬ散り際だった。 命日は4月7日で翌8日はお釈迦さまの誕生日「花祭り...

「今を生きる ー帽子は忌み分けだったー」田舎坊主のぶつぶつ説法 26.05.2023

夜桜の翌日、4月7日、この日は妻とともに以前から予定していた、奈良法隆寺の壁画展に行くため、朝から出かけた。 昼過ぎには帰ってくるのでそれからお寺へ行こうと思っていたのだ。 昼過ぎ、家に着くと、「帰ったらすぐお寺に来るように」との走り書きが玄関におかれていた。 そのメモを読んで「何かがあった」と言う予感はしたものの、まさか親父の顔に白い布がかけられているとは思いもしなかった。 親父はこの日、普段どおりの...

「今を生きる ー親父の最期の夜桜花見ー」田舎坊主のぶつぶつ説法 24.05.2023

平成8年4月6日、自坊不動寺の小さな境内にある一本の桜の下で、非常勤勤務していた役場の職員や友人15名ほどに呼びかけ、夜桜の宴席を計画した。 この時の桜は、満開に見えるものの花も堅く、八分咲きといったところだ。 庫裡から電源をとり、100wの電球三個を桜の木にぶら下げた。 日暮れとともに手作りの簡素な夜間照明はその雰囲気を盛り上げ、遅れてやってきた職員からも、「紀ノ川の橋から見ると、寺の桜が浮かび上がってき...

「靴のかかとを踏む子 ー施設の先生は聞いていたー」田舎坊主のぶつぶつ説法 22.05.2023

その後、私はある講演会に招かれ、自戒を込めてA子の靴の話をした。もちろんA子とは分からないように内容を組み立てて話した。 何日かしてA子から手紙が来た。というのはその講演会にA子の施設の先生が来聴者として来ていて、施設に帰ってから子どもたちに「靴を作ってくれた人のことを考え、靴のかかとを踏むのはやめようね」と話したのだ。 その話を聞いてA子はすぐに私に手紙を書いてくれた。もちろん先生が聞いてきた話の...

「靴のかかとを踏む子 ーあっ、玄関のタイルが見えるー」田舎坊主のぶつぶつ説法 20.05.2023

「これだけは言っておかなければ」 と、私はA子の踏まれた靴のかかとを静かにめくりあげて、その時、私は思わず、「あっ!」と、息をのんだ。 なんと、めくりあげた靴底はすり減り、ヒール部分を強化するための格子状の物だけをわずかに残して、見慣れた玄関のタイルが見えているのだ。 私は間を置かず、めくりあげたかかとを押し倒し、元の踏まれた状態に戻した。 そのとたん私は胸が熱くなり、涙がこみ上げてきた。 「この子に...

「靴のかかとを踏む子 ーその子はわが家にやってきたー」田舎坊主のぶつぶつ説法 18.05.2023

私は5歳の次女を胆道閉鎖症という難病で亡くしたあと、ある種の虚無感にとらわれた。 当時日本でも数えるほどしか患者がいないと言われたこの病気の権威者が北にいると聞けば北に飛び、手術を成功させた医師がいると聞けば西に飛び、同じ病気で予後がよい子供がいると聞けば南に飛んだ。 生後間もない頃から5年間の娘の闘病の姿を、家族が必死になって見守り、共にがんばってきた情熱は、死という形でピリオドを打った。 この時の...

「ある家族 ー子どもも難病になったー」田舎坊主のぶつぶつ説法 16.05.2023

それから2年後、3度目の手紙には、家計を考え早く働きたいと大学進学を断念し、専門学校に行っていた親思いの長男が、難病のクローン病と診断されたと書かれていた。 クローン病は腸の粘膜に潰瘍ができ、栄養を吸収できない難病で、この病気も若い人に多く発症し、健康な人と同じような食事をとることができない。 なかには一生、エレンタールという栄養剤だけを直接または間接的に胃に流し込み、食べ物を口にできない人もいる。...

「ある家族 ーお父さんが難病になったー」田舎坊主のぶつぶつ説法 14.05.2023

ある小・中学校PTA合同の子育て教育講演会に招かれた。 演題は「今、大切なもの」と題して、シルクロードやインドなどを旅したスライドを見せながら、「貧しい中で懸命に生きる人々を知ってほしい。日本人は豊かさを求めるためにスピードを出しすぎている。受験に戦争と名を付けなければならないのも悲しい現象だ。私たちの周囲にも難病や障害をもって懸命に生きている人も多い。少しゆっくりと周りを見ながら生きていきたい。...

「ある親子 ー安心できる社会をー」田舎坊主のぶつぶつ説法 12.05.2023

50歳という若さで旅立った息子さんのお葬式の翌日にお参りさせていただき、ハンサムな遺影を見ながら、「よくがんばりましたね」と心で静かに話しかけた。 般若心経をお唱えしたあと、少し背が丸くなったお母さんに「よく看てあげられましたね、ご苦労さまでした」と、ねぎらいの言葉をかけた。 お母さんは、 「考えようでは、息子とずっと一緒にいられたのだから、私は幸せ者かも知れません。ときには長期入院患者や難病患者がお...

「ある親子 ー28年間の看病ー」田舎坊主のぶつぶつ説法 10.05.2023

彼は体育系大学の卒業を一年後に控えたころから、言葉がもつれ、足もとがふらつくようになってきたのが気になっていた。 卒業とともに故郷に帰った彼は、早くに父を亡くしているため、母の気持も考え地元で就職することを決めたのだ。 そこには久しぶりの母と子のしばしの幸福な時があった。 しかし、彼のふらつきの症状は急速に進行し、一ヶ月足らずで退職も余儀なくされた。 専門医の診断は脊髄小脳変性症という病名だった。 こ...

「これは布施だ ー布施は忘れよー」田舎坊主のぶつぶつ説法 08.05.2023

私は生体肝移植手術と聞くと、今も胸が熱くなる。 というのもこのYちゃんの手術が行われた4年前の1985年10月に、私の次女が同じ胆道閉鎖症で五歳の命を終えているのだ。 私はこの子の闘病のなかで、多くの医療の矛盾や社会の偏見、反対に多くの周囲の人たちの温かさも経験した。 そして難病で苦しむ患者や家族がたくさんいることも知った。 この難病で苦しむ多くの人たちが、悩みを語りあい、孤独になることのないよう、い...

「これは布施だ ー親から子へー」田舎坊主のぶつぶつ説法 06.05.2023

私は河野洋平氏の肝臓移植のニュースを聞いたとき、1989年11月に島根医大で日本初、世界で四例目というある意味で冒険的な生体肝移植が行われたことを思い出した。 このときの患者は、胆道閉鎖症という難病で余命いくばくもないYちゃんという小さな子どもで、ドナーはこの子のお父さんである。 Yちゃんはすでに肝硬変が進み、肝臓移植しか救われるすべはなかった。 しかし当時、患者の状態は言うまでもなく、経済的にも恵まれた...

「これは布施だ ー子から親へー」田舎坊主のぶつぶつ説法 04.05.2023

元外務大臣で衆議院議員の河野洋平氏は2002年4月半ば、息子で衆議院議員の河野太郎氏がドナーとなり、肝臓の一部の提供を受け、生体肝移植手術を受けた。 河野洋平氏は肝硬変の末期症状を呈していて、肝臓移植でしか延命は望めない状況のなかで、最初、娘さんから 「私の肝臓をお父さんにあげる」 と言われたときには信じられない思いだったと、術後、語っている。 洋平氏は「嫁入り前の娘にそのようなことをさせる気持ちはさらさ...

「田舎の法事 ー餅屋も餅屋だー」田舎坊主のぶつぶつ説法 02.05.2023

お墓からお勤めを終えて帰ると、宴席がひろげられ、当家にとって、これから忙しい時間がはじまるのだが、満中陰の法事のときは、お墓から帰ったとき、坊主が「笠餅(かさもち)」を、弘法大師のご修行姿に切らされることがある。 笠餅とは、満中陰のときだけ49個の小餅と鏡餅一枚を作り、お供えするのだ。 49個は人間の骨の数、鏡餅は骨を覆う皮と肉と言い伝えられ、亡きがら全てを埋葬する土葬習慣のあったところでは、分骨や忌み...

「田舎の法事 ーあわてもののハトー」田舎坊主のぶつぶつ説法 30.04.2023

法事での読経と法話が終わると、みんなでお墓参りをする。 この地方は、自分の所有地の畑や山に墓地をもっている人が多い。いわゆる自墓地である。 共同墓地もあるが、数軒から多くても数十軒程度の規模の小さいものだ。 これらの墓には、ほとんどと言っていいほど、ハトが居着いていて、墓参りの人たちを待ち受けているのだ。 というのは、当地には「施餓鬼」の意味を持っていると考えられる「おばなし」という、洗い米を供える風...

「田舎の法事 ーバッテリー不足ー」田舎坊主のぶつぶつ説法 28.04.2023

それにしても、最近、般若心経や光明真言など、真言宗の信徒であれば、ほとんどの人が暗唱で唱えられたお経を知らない人が多くなった。 若い人だけではなく、お年寄りも知らない人が多くなったように思う。 テープまかせにしていることばかりでなく、核家族の生活様式が広まり、おじいちゃんやおばあちゃんが仏壇で唱えるのを、子や孫が聞きながら覚えるという時代でなくなったのが、原因なのかも知れない。 今は、仏壇に入ったご...

「田舎の法事 ー本尊はタヌキー」田舎坊主のぶつぶつ説法 26.04.2023

田舎での法事はほとんど自宅で行われる。先祖の親類縁者が寄り集まり、故人の冥福を祈るとともに、久しぶりの再会に元気なようすを確かめ合い、そして思い出話に花を咲かせるのである。 法事のメニューは、坊主が経をあげ、説法をし、墓参りをするのであるが、どちらかと言えば、その後の宴席が当家にとっては一番大儀でもある。 さて、当地では法事の際、ほとんどの家が仏壇から位牌を取り出し、床の間にあらたに壇をしつらえる。...

「マザーテレサに会いたい ーインドへー」田舎坊主のぶつぶつ説法 24.04.2023

今回のインドの旅でもう一つ大きな目的があった。 難病の人たちの患者会である和歌山県難病団体連絡協議会をこの年の5月に結成した私は、常に弱い立場の人たちに手をさしのべられたマザー・テレサに会いたかった。ベナレス(バナラシ)の「死を待つ人の家」に行けば、ひょっとしたら会えるかも知れない、いや、顔が見れるかも知れないという期待をもっていたのだ。 そこは「カルカッタ」という地名の語源となった、カーリーガート...

「お釈迦さま最期の地」田舎坊主のぶつぶつ説法 22.04.2023

お釈迦さまが悟りを開いてから45年、すでに80歳になっていた。体力の衰えとともに、自ら入滅を決意したとき、足は自然に生まれ国「釈迦国」に向いていたという。優秀な弟子たちはすでに亡くなり、いよいよ自分の死期が近くなったときには、ともに行動していたのは、心やさしい弟子のアーナンダただ一人だけだった。 クシナガラで、弱りきったお釈迦さまを介抱しながら嘆き悲しむアーナンダに、お釈迦さまは沙羅双樹の下に死の床を...

「お釈迦さま修行説法の地」田舎坊主のぶつぶつ説法 21.04.2023

お釈迦さまは命をかけた5年間の苦行を終え、弱りきった体をネーランジャー河(尼連禅河)で洗い浄め、スジャーターという娘から差し出された乳粥で次第に体力を回復しいく。 その後、ベナレス郊外のサールナートで「初転法輪」と呼ばれる、はじめての説法をするのである。 スジャーターに乳粥を献じられたというネーランジャー河に着いたとき、たくさんの水牛が水浴びをしていた。 そして岸辺には、つい先ほど火葬をしたといって、...

「お釈迦さま誕生の地」田舎坊主のぶつぶつ説法 19.04.2023

2500年前、お釈迦さまは、母、摩耶夫人が里帰りの途中、ヒマラヤ山麓のルンビニー苑という農園で、「釈迦族」の王子としてお生まれになった。 そこは、ネパールとの国境に近く、現在のルンビニーは緑豊かな草原だ。二人の草刈り職人が、大きな刈草の束を頭上にのせて運んでいった。 私は、たぶん彼らは、ジャーティーとよばれるインドのカースト制度の中で、ここの草刈りを一生の仕事としているのだろう、と思いながら、雄大な風景...

「お釈迦様に会いたい」田舎坊主のぶつぶつ説法 17.04.2023

平成元年8月から9月にかけてはじめてインドへ行った。 インドカルカッタ(コルカタ)の空港に降り立った時の、あのムンムンした熱気、何とも表しようのない臭い、 そして「バクシーシ、バクシーシ(喜捨せよ)」と、まとわりついてくる物乞いの人たち。 また道ばたで手足が異常に腫れ上がった病体を見せつけて、 「バクシーシ、バクシーシ」と力なく金銭を要求する人たち。 空港から町に向かう道沿いのスラム街。 次々と私の目と耳...

「羊羹は甘くなかったんだ」 田舎坊主のぶつぶつ説法 15.04.2023

モンゴルに旅したとき、あるお家で夕食をご馳走になった。食事がはじまるとき、失礼な例えだが、洗面器のような入れ物の中に羊の頭部を煮たものが出されて驚いたことがある。その羊の口には「今まで草原で草を食んでいた」と言わんばかりに緑の草がくわえられていた。 その時、当家の主人が 「まず羊の耳を切って下さい」 というのだ。それは食事がはじまる儀式のようなもので、 「この場の主人はあなたです。」 という意味だそう...

「供養とは羊を供えること ー 命全部を数える数えの年令 ー」 田舎坊主のぶつぶつ説法 13.04.2023

私はかつて、新彊ウイグル自治区が外国人に解放されてまもなく、中国西域シルクロードを旅したことがある。 今はすでにイスラム圏となり、イスラムの破壊をまぬがれた、かつての仏教華やかなりしころの、石仏や仏教壁画がわずかに残るタクラマカン砂漠の周囲を約2週間見て歩いた。 天山山脈と昆論山脈に囲まれたこの大砂漠地帯の小さなオアシスの町、クチャ郊外にあるキジル千仏洞で、色鮮やかな五弦琵琶の壁画に出会ったときは感...

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