RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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高い山での神からの啓示(マタイによる福音書 17章) 12.03.2024
すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。 (マタイによる福音書17章5節) ペトロの信仰告白から6日の後、主イエスは、ペトロとヤコブとヨハネの3人だけを連れて、高い山に登られました。 弟子たちの前で、主イエスの姿が変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなりました。弟子たちは、モーセとエリヤが現れて、主イエスと語り合っている光景を目にします。ペ...
天の父からいただいた幸い(マタイによる福音書 16章) 11.03.2024
すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。」 (マタイによる福音書16章17節) 主イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちにこうお尋ねになりました。「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」。弟子たちは、「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、...
上げられて永遠の命を得させる主(ヨハネによる福音書 3章14-21節) 10.03.2024
モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。 (ヨハネによる福音書3章14節~15節) 主イエスは、ご自身の死の重大な意義を説明するために、かつてイスラエルの民が荒れ野を旅していたときの出来事を引用されます。彼らは指導者モーセに逆らって罪を犯したため、炎の蛇に噛まれて苦しみました。そのときモーセは、神の憐れみの指示によって一...
民よ手を打ち鳴らせ(詩編 47編) 09.03.2024
すべての民よ、手を打ち鳴らせ。 神に向かって喜び歌い、叫びをあげよ。 (詩編47編2節) ジュネーブ詩編歌に親しんでおられる方は、詩編47編の御言葉を読むとき、詩編歌のメロディが自然と心に浮かんでくるのではないでしょうか。「民よ、手を打ちならせ!」 詩人は、エルサレム神殿完成の情景を心に描いていたと言われます。神の契約の箱が、生きておられる主の御臨在のしるしとして神殿に運び入れられるのです。壊され荒れ果てて...
カナンの女の立派な信仰(マタイによる福音書 15章) 08.03.2024
そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」 (マタイによる福音書15章28節) 主イエスは、弟子たちと一緒にティルスとシドンの地方へ行きました。すると、カナンの女が来て叫びました。「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」。しかし、主イエスは何もお答えになりません。弟子たちは、うるさくてかなわないと思ったので...
食べ物を与え養われる主イエス(マタイによる福音書 14章) 07.03.2024
イエスは言われた。「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。」 (マタイによる福音書14章16節) 洗礼者ヨハネが殺されたことを伝え聞いた主イエスは、人里離れた所に退かれました。しかし、群衆が主イエスの後を追って集まって来たため、一人になることはできませんでした。主イエスが舟から上がると、大勢の群衆が主イエスを待っていました。主イエスは、その群衆を見て、深く憐れみ、病気で苦しんでいる人...
心に良い土地を用意する(マタイによる福音書 13章) 06.03.2024
「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは100倍、あるものは60倍、あるものは30倍の実を結ぶのである。」 (マタイによる福音書13章23節) マタイによる福音書13章1~23節には、主イエスの「種を蒔く人のたとえ」が語られています。主はこのたとえを通して、私たちの心という土地の有り様によって、蒔かれた御言葉の種が成長し、豊かな実を結ぶか否かが決まることを語るのです。 第一の土地は道端です...
私たちの心の倉から出る言葉(マタイによる福音書 12章) 05.03.2024
「善い人は、良いものを入れた倉から良いものを取り出し、悪い人は、悪いものを入れた倉から悪いものを取り出してくる。」 (マタイによる福音書12章35節) マタイによる福音書12章33~37節には、二つのたとえを通して人を傷つける言葉を戒める、主イエスの説教が語られています。 一つ目は「木とその実のたとえ」です。主は「木が良ければその実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木の良し悪しは、その結ぶ実で分か...
疲れた者重荷を負う者へ(マタイによる福音書 11章) 04.03.2024
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」 (マタイによる福音書11章28節) 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」という主イエスの言葉は、礼拝のはじめの「招きの言葉」でも読まれる有名な聖書箇所です。 この主の言葉で大事な点は、「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」(29節)と続くとこ...
主イエスはまことの過越の小羊(ヨハネによる福音書 2章13-22節) 03.03.2024
イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。3日で建て直してみせる。」 (ヨハネによる福音書2章19節) 過越祭が近づくと、地中海世界に離散していたユダヤ人もエルサレムの都に上り、動物の犠牲を献げました。その際、ローマ貨幣をユダヤ貨幣に両替し、犠牲に献げる動物を買うための商人がどうしても必要でした。しかし、両替人や犠牲の動物を売る者たちは、神殿の境内で商売をし、神殿礼拝を汚していたようです。 エルサレ...
ヤコブの神はわたしたちの砦(詩編 46編) 02.03.2024
「力を捨てよ、知れ わたしは神。 国々にあがめられ、この地であがめられる。」 (詩編46編11節) 宗教改革者マルティン・ルターが作詞作曲した讃美歌267番は、「神はわがやぐら、わがつよき盾」という、力強い神への賛美告白から始まります。ルターは、命がけの教会改革の苦闘の中、きょうの御言葉である詩編46編によってこの讃美歌をつくったと言われます。 エルサレムの神殿でこの詩編46編を歌った神の民イスラエルもまた、戦いの...
人を恐れてはならない(マタイによる福音書 10章) 01.03.2024
「人々を恐れてはならない。…体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。」 (マタイによる福音書10章26節~28節) マタイによる福音書10章には、主イエスが12人の弟子たちを選び、福音宣教へと派遣されるシーンが描かれています。その中で、主は弟子たちに「人々を恐れてはならない」と言われました。 私たちには、人前に出るときや初対面の人と話すときなど、いろんな場面で人を恐れることがあると思いますが、ここで...
12年の絶望から希望へ(マタイによる福音書 9章) 29.02.2024
イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」そのとき、彼女は治った。 (マタイによる福音書9章22節) 9章18~26節には二つの物語が組み込まれています。一つは指導者の娘が生き返る物語で、もう一つは12年間も出血の病が続いている女性の癒しの物語です。 二つの物語の共通点は、12年という年月です。並行箇所に、指導者の娘は「12歳になっていた」と記されています...
神のかたちの自分を取り戻す(マタイによる福音書 8章) 28.02.2024
悪霊に取りつかれた者が二人、墓場から出てイエスのところにやって来た。二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。 (マタイによる福音書8章28節) マタイによる福音書8、9章には、主イエス・キリストの奇跡物語が記されています。 あるとき、主イエスがガダラ人の地方に着かれると、悪霊に取りつかれた二人に出会いました。彼らは人びとから離れて墓場を住まいとし、とても狂暴で、だれもその辺りの道を通れ...
主の御言葉に忠実に生きる(マタイによる福音書 7章) 27.02.2024
「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。」 (マタイによる福音書7章24節) 岩の上に家を建てる賢い人と砂の上に家を建てる愚かな人が対比されています。岩の上に建てた家は大雨・大風にびくともしない一方で、砂の上に建てた家は倒れてしまいます。 このたとえにおいて賢さと愚かさが意味しているのは、教えられた御言葉を行うか否かです。きわめて単純明快でそこに誤解の余...
隠れたことを見ておられる神に(マタイによる福音書 6章) 26.02.2024
「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。」 (マタイによる福音書6章1節) 主イエスは「殺してはならない」から「隣人を愛しなさい」までモーセ律法の文言を取り上げて説明された後、ギアを変えるようにして善い行いについて語られます。具体的には施し、祈り、断食が取り上げられています。 ここで主イエスが強調しておられるのは、...
わたしの愛する子これに聞け(マルコによる福音書 9章2-9節) 25.02.2024
すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」 (マルコによる福音書9章7節) 服が真っ白に輝いた主イエスが、そこに現れたモーセとエリヤと語り合います。その光景を三人の弟子たちが目撃します。そして、「あなたは、メシアです」と告白したペトロは、恐れながらもイエスに向かって、主イエスとモーセとエリヤのために仮小屋を建てましょうと言います。 そこに雲が現れ、彼らの周...
王座は世々限りなく(詩編 45編) 24.02.2024
神よ、あなたの王座は世々限りなく あなたの王権の笏は公平の笏。 (詩編45編7節) 詩編45編は、前半、王の美しさが語られています。後半では、この美しい王と結婚する王妃もまた美しいことが語られています。このような王の美しさは、王を召した神が王を通して働いているからこそあらわされています。もし王が神に従うことをやめてしまったなら、その美しさは、あっと言う間に消えてしまいます。残念ながら、旧約の神の民イスラエル...
律法の完成者主イエス・キリスト(マタイによる福音書 5章) 23.02.2024
「はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。」 (マタイによる福音書5章18節) マタイは、主イエスの語られた言葉を、おそらくモーセ五書に倣い、五つにわけて配置しています。5章以下の山上の説教はその一番目で、律法に関する教えを中心に主イエスの言葉がまとめられています。 もともと律法は主なる神がご自身の民に与えられた言葉であり、善いに違いあり...
悪魔の誘惑に勝利する御言葉(マタイによる福音書 4章) 22.02.2024
すると、イエスは言われた。「退け、サタン。 『あなたの神である主を拝み、 ただ主に仕えよ』 と書いてある。」 (マタイによる福音書4章10節) 洗礼者ヨハネから洗礼を受けられた主イエスは、悪魔から誘惑を受けるため、〝霊〟に導かれて荒れ野に行かれます。 そこで悪魔はあの手この手を使って、主イエスを試そうとします。断食で空腹の状態であることを狙ったり、神の子としての力を自分のために使わせようとしたり、富と権力を...
主がわたしに用意しておられる道(マタイによる福音書 3章) 21.02.2024
そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。 (マタイによる福音書3章1節~2節) クリスマス物語に続いて、洗礼者ヨハネが登場します。祭司ザカリアとエリサベトの息子として生まれた洗礼者ヨハネは、おそらく父親と同じく神殿で主に仕える祭司になることが期待されていたでしょう。しかし、主はヨハネに別の人生を用意しておられました。 それはやがて来られる主イエス...
旧約に示された救いの歴史とクリスマス(マタイによる福音書 2章) 20.02.2024
それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 (マタイによる福音書2章15節) 本章では、主イエスがお生まれになった後のクリスマス物語が描かれます。ただし多くの人が抱くような、心温まるクリスマス物語のイメージとは異なり、痛みや悲しみを引き起こす暗いエピソードが多く含まれています。 東方の占星術の学者たちの来訪の後、主の天使がヨセフに...
旧約と新約をつなぐもの(マタイによる福音書 1章) 19.02.2024
アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。 (マタイによる福音書1章1節) 旧約聖書と新約聖書は、全体でひとつの聖書を構成しており、互いになくてはならない存在として、有機的につながっています。きょうから読み進めていくマタイによる福音書は、新約の最初に配置されるにふさわしく、旧約とのつながりを明確に示している書物です。 マタイは、アブラハムからダビデ、そしてバビロン捕囚を経てイエス・キリストに至る...
イエスは神の御心に適う者(詩編 1章9-15節) 18.02.2024
「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。 (詩編1章11節) 洗礼とは罪が洗い清められたキリスト者であることをあらわす印です。 罪がない主イエスが洗礼を受ける必要はありません。しかし、「正しいことをすべて行う」(マタ3章15節)ため、ヨルダン川で主は洗礼をお受けになります。 洗礼を受けると、天が開き、鳩のような形で聖霊が主イエスに降ります。そして、父なる神は、「あなたはわた...
屠るための羊と見なされています(詩編 44編) 17.02.2024
我らはあなたゆえに、絶えることなく 殺される者となり 屠るための羊と見なされています。 (詩編44編23節) 私たちは、神にどのようなことでも祈ることができます。神に対するどんな訴えも、神は必ず聞いてくださいます。私たちは、この世界で起こっていることすべてが神の御手の中で起こっていることを知っています。ですから、うれしいことが起こったときには神に感謝し、実現してほしいことがあるときには神にお願いをします。そ...
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