RCJメディアミニストリー

リジョイス聖書日課

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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21. Okt 2026

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主イエスは自分の命を献げるために(マルコによる福音書 10章35-45節) 20.10.2024

「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」 (マルコによる福音書10章45節) 「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」。このように願い出た弟子のヤコブとヨハネ。彼らに腹を立てた他の弟子たち。そのような弟子たちに主イエスは、「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん...

救いは信仰のみによる(ハバクク書 2章) 19.10.2024

「しかし、神に従う人は信仰によって生きる。」 (ハバクク書2章4節) バビロニアの軍勢が押し寄せてくるとの声を聞いて、ユダの人びとは右往左往します。ハバククは、この事態が神の裁きであることを告発します。しかし、彼は神の裁きの彼方に神の救いを望み見ています。「神がわたしに何を語り、わたしの訴えに何と答えられるかを見よう」と。彼は物見の歩哨のように神の救いの告知を待ちます。すると神は「幻を書き記せ。走りなが...

血の中の命による罪の贖い(レビ記 17章) 18.10.2024

生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。 (レビ記17章11節) 神を神として礼拝するため、そして、神の民としての聖さを保つための教えが17章から続きます。 まず、血が何なのか。命が血の中にあることが教えられます。その命は神が与えられるものです。その命を失い、神との交わりをなくすならば、その回復のために血が必要となります。...

ただお独りで全世界を贖われる主(民数記 29章) 17.10.2024

8日目には、…雄牛1頭、雄羊1匹、無傷の1歳の羊7匹を焼き尽くす献げ物として主にささげ、燃やして宥めの香りとする。 (民数記29章35節~36節) 第7の月の15日から7日間(後には8日間)行われた「主の祝い」(12節)というのは、仮庵祭のことです。この祭りでは、かなり多くの数のいけにえが求められ、過越祭の約2倍でした。ことに最も高価な雄牛が7日目までで70頭も屠られたことから、この祭りの大切さを窺い知ることができます。な...

献げ物をわたしの食物と呼ばれる神(民数記 28章) 16.10.2024

あなたたちは、わたしの食物である献げ物を、燃やしてささげる宥めの香りとして、定められた時に忠実にわたしにささげなさい。 (民数記28章2節) かつてイスラエルの人びとは出エジプトに先立ち、神のご命令に従って小羊を屠りました。その血によって神の裁きの災いが自分たちの家を過ぎ越していく、「主の過越」(16節)の幸いを得るためでした。そして出エジプト後、神である主はシナイ山でイスラエルの民に契約をお与えください...

最後まで隣人に仕えた偉大なモーセ(民数記 27章) 15.10.2024

あなたの権威を彼に分け与え、イスラエルの人々の共同体全体を彼に従わせなさい。 (民数記27章20節) もう後のことは知らないよ…。ふて腐れた気持ちでモーセがこうつぶやいたとしても、不思議ではありません。40年もの間、力を尽くして御民を導いて来たのにもかかわらず、目の前にしている約束の地に入ることが許されないからです。しかも、その理由が重大な違反行為とは思えない、たった一つの背きの罪であったからです(民27章14...

次世代に望みを託して(民数記 26章) 14.10.2024

その中には、モーセと祭司アロンがシナイの荒れ野でイスラエルの人々を登録したときに登録された者は一人もいなかった。 (民数記26章64節) 人口調査が命じられたのは、これが二度目でした。一回目は38年前、シナイ山のふもとで幕屋を建て上げた、その翌月のことでした。この時に登録された者の総数は60万3,550人でした(民数記1章46節)。今回の総数は60万1,730人です。 この二つの数字を比べると、人の生存を拒否するような過酷な...

神にこそ心を向け、永遠の命を求めよう(マルコによる福音書 10章17-31節) 13.10.2024

「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」 (マルコによる福音書10章25節) 主イエスは、「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか」と教えられました。これは、弟子たちにとって驚きでした。財産が多くある者は、神から祝福されていると思われていたからです。「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」との主イエスの言葉にますます驚いた弟子たちが、「それ...

神は神の民を叩きのめす(ハバクク書 1章) 12.10.2024

律法は無力となり 正義はいつまでも示されない。 神に逆らう者が正しい人を取り囲む。 たとえ、正義が示されても曲げられてしまう。 (ハバクク書1章4節) ハバククは紀元前7世紀に生きた預言者です。ユダの民の悲惨と不条理を神に激しく告発する言葉から始まります。「主よ、わたしが助けを求めて叫んでいるのに、いつまで、あなたは聞いてくださらないのか。わたしが、あなたに『不法』と訴えているのに、あなたは助けてくださらな...

年に一度の贖罪日の規定(レビ記 16章) 11.10.2024

これはあなたたちの不変の定めである。年に一度、イスラエルの人々のためにそのすべての罪の贖いの儀式を行うためである。 (レビ記16章34節) きょうの箇所には、年に一度行われる贖罪日の規定、つまり、大祭司と至聖所、臨在の幕屋、祭壇の汚れを清める儀式が細やかに規定されています。この儀式によって、主なる神とイスラエルの民とをつなぐ人と場所が清められ、それによって神と民との関係を維持することが目的です。また、これ...

主の御怒りを去らせる熱情(民数記 25章) 10.10.2024

「祭司アロンの孫…ピネハスは、わたしがイスラエルの人々に抱く熱情と同じ熱情によって彼らに対するわたしの怒りを去らせた。」 (民数記25章11節) 絶望と、なおそこに輝いていた希望、25章はその二つを教えています。一つ目の絶望は、祝福の基として選ばれている(24章9節)のにもかかわらず、目を覆いたくなるほどの御民の背信です。 モアブの娘たちの誘いにすっかり乗せられ、ペオルのバアルを拝むことにさえ、ためらいがありま...

祝福のゆえにへりくだった心を(民数記 24章) 09.10.2024

エジプトから彼らを導き出された神は 彼らにとって野牛の角のようだ。 彼らは、敵対する国を食らい尽くし 骨を砕き、矢で刺し通す。 (民数記24章8節) バラクは怒り心頭でした。何しろ、イスラエルを呪うために呼び寄せた占い師バラムが、呪うどころか三回も繰り返して祝福の託宣をしたからです。 「自分の所に逃げ帰るがよい!」とバラクは命じます。バラムも負けてはいません。「すでに前もって言っておいたではないか!」と言い...

獅子のように身を起こし立ち上がれ(民数記 23章) 08.10.2024

見よ、祝福の命令をわたしは受けた。 神の祝福されたものを わたしが取り消すことはできない。 (民数記23章20節) 「人間に頼るのをやめよ、鼻で息をしているだけの者に」とイザヤ書2章22節は私たちに教えています。 さて、バラムは超一流の占い師として頼られる人でした。しかし、彼も鼻で息をしているだけの者に過ぎません。彼に賭けたモアブの王バラクの期待は裏切られるばかりです。 バラムは、一回目の託宣を述べて言いました...

バラムも主の御手の中(民数記 22章) 07.10.2024

主の御使いはバラムに言った。「この人たちと共に行きなさい。しかし、ただわたしがあなたに告げることだけを告げなさい。」 (民数記22章35節) 主イエスは、ご自分の弟子たちを宣教に遣わされるとき、告げられました。「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ」(マタ10章16節)。これでは助かりようがありません。 さて、民数記22章の御民イスラエルも同じでした。モアブの王バラクによって名...

子供たちを祝福される主イエス(マルコによる福音書 10章1-16節) 06.10.2024

そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。 (マルコによる福音書10章16節) 人びとに教えを語る主イエスのもとに子どもたちが連れて来られましたが、弟子たちは子どもたちを連れてきた人びとを叱りました。弟子たちは、子どもたちのことを、先生が教えを語るのを邪魔する存在であると考えたのかもしれません。当時の子どもの扱いを考えると、そのような弟子たちの態度は、大人としては常識的なものだったのでしょう。しか...

神が共におられる人の喜び(詩編 63編) 05.10.2024

わたしの魂は満ち足りました 乳と髄のもてなしを受けたように。 わたしの唇は喜びの歌をうたい わたしの口は賛美の声をあげます。 (詩編63編6節) この詩人は、水を求めてあえぐ人のように、神を求めて渇いていました。絶えず逃げ回るような状況にいて、平安を得ることができなかったようです。それを渇いていると表現するのは、神がおられないように感じたからでしょう。脱水を起こしているような表現ですから、孤独感も強かったよ...

性的な事柄への神の配慮と癒し(レビ記 15章) 04.10.2024

あなたたちはイスラエルの人々を戒めて汚れを受けないようにし、…彼らの汚れを持ち込んで、死を招かないようにしなさい。 (レビ記15章31節) 今、子どもたちに体の性的な部分について教えるときには、「プライベートな部分」という言い方を用い、性的な事柄はもっとも個人的で大切にされなければならないと教えられます。人のもっともプライベートな事柄に関して律法で規定されているということは、そこに「汚れ」が入ってくる恐れ...

どんなに欠けだらけであっても(マタイによる福音書 25章) 03.10.2024

「『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」 (マタイによる福音書25章40節) 主イエスは、終わりの時に備えるよう教え、御国を受け継ぐ者とされた人たちに語りかけます。「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」...

決して滅びない言葉に従う(マタイによる福音書 24章) 02.10.2024

「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」 (マタイによる福音書24章35節) 「飢饉や地震が起こる。しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。…偽預言者も大勢現れ、…不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える」と主イエスは弟子たちに語られました。主イエスの言葉に怯える弟子たち、そして弟子たちと同じように怯える私たちに、主イエスは「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と語りかけられます(13節)。 し...

時が過ぎ去る前に(マタイによる福音書 23章) 01.10.2024

「めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。」 (マタイによる福音書23章37節) 神はイスラエルの民を救い出そうと、これまで幾度となく御手を差し伸べて来られました。しかし、ユダヤ人たちはその度にその手を払いのけ、神の救いを拒み続けました。そして今、天から遣わされた神の御子をも十字架に架けて殺そうとしています。 主イエスは、その彼...

神の銘をこの身に刻まれて(マタイによる福音書 22章) 30.09.2024

彼らは、「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」 (マタイによる福音書22章21節) 主イエスのもとを訪ねたファリサイ派の人びとは、ローマ帝国に税金を納めることは正しいかどうかを尋ねます。ここで主イエスが納税を正しいと言えば、ローマ帝国に反感を持つ民衆の支持を損なわせることができますし、反対に否定すれば、ローマ帝国に反逆する者として主イ...

主イエスが教える味方の姿(マルコによる福音書 9章38-50節) 29.09.2024

「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」 (マルコによる福音書9章40節) ヨハネは主イエスの弟子として、このお方の近くで仕えていた人です。それゆえに、誰よりも主イエスの立派な弟子であろうと熱心に努力していたことでしょう。その熱心さのゆえに、主イエスの近くで仕える自分こそが、救い主の代弁者であるかのように思ってしまったのでしょう。その結果、自らの意に沿った働きをしない人びとを、主イエ...

愛ゆえの熱心な諭し(箴言 13章) 28.09.2024

鞭を控えるものは自分の子を憎む者。 子を愛する人は熱心に諭しを与える。 (箴言13章24節) 箴言13章は、父の諭しを受け入れることによって、子が知恵を得ると語り始めます。そして、「鞭を控えるものは自分の子を憎む者。子を愛する人は熱心に諭しを与える」(24節)との言葉に行きつきます。「愛の鞭」という言葉が思い起こされますが、本来、「諭し」とは思慮深い言葉をもってするものですので、鞭を振り回すわけではありません...

主が成就した清めの儀式と犠牲の血(レビ記 14章) 27.09.2024

祭司は焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物を祭壇で燃やしてささげる。祭司がこうして、彼のために贖いの儀式を行うと、彼は清くなる。 (レビ記14章20節) きょうの箇所には、重い皮膚病を患った人が祭司によって清めの儀式を受けるときの規定が記されています。この儀式は8日間にわたって行われるもので、前半の清めの儀式と後半の贖罪の儀式がセットで行われます。その間の7日間は、「清くなった」状態となり、宿営に戻ることができま...

主がわたしと共におられるから(民数記 21章) 26.09.2024

イスラエルは主に誓いを立てて、「この民をわたしの手に渡してくださるならば、必ず彼らの町を絶滅させます」と言った。 (民数記21章2節) 主の民イスラエルは、かつて、約束の地に強い民族が住んでいると聞き、おじけづいて、カナンに攻め上ることをためらいました。(13、14章)。その後、自分たちの過ちに気づいた民の中から、カナンに攻め上ろうと立ち上がる者たちも出ましたが、そのときには神が共におられなかったので、彼ら...

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