RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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Epizody
伝道旅行(2)恐れるな語り続けよ(使徒言行録 16-18章) 17.08.2022
ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。」 (使徒言行録18章9節~10節) 使徒言行録はエルサレムの使徒会議の後、パウロとシラスによる伝道旅行を18章に至るまで記しています。パウロたちは、主の不思議な導きによってギリシア世界に足を踏み入れることになり、伝道の幅を広げていきます。 パウロがコリントで伝道していたときのことです。パウロは幻の...
ただ主の恵みによって(使徒言行録 15章) 16.08.2022
「わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」 (使徒言行録15章11節) パウロたちはアンティオキア教会に戻り、旅を通して得た異邦人伝道の実りを報告しました。しばらくして、ユダヤ人の信者たちがエルサレムから訪れ、異邦人の救いの条件について、パウロたちと激しい論争をします。この問題を使徒たちと協議し、解決するために、パウロたちはエルサレムに向かいま...
赦すことこそ平和への第一歩(マタイによる福音書 5章38-48節) 15.08.2022
「しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」 (マタイによる福音書5章39節) わたしは、足を踏まれると、痛いと感じます。そのとき、謝っていただければ、その怒りも静めることもできますが、何もなかったように通り過ぎて行かれたものならば、怒りが残ってしまいます。旧約聖書により「目には目を、歯には歯を」という制限を与えられながら(申19章21...
大地に帰り神のもとに帰る(コヘレトの言葉 1章3-11節、12章3-7節) 14.08.2022
塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る。 (コヘレトの言葉12章7節) 太陽の下なされるあらゆる労苦は、人に何の益をもたらすのか。そう問いかけたコヘレトは、自然の営みの持続、山河の水の循環を歌います。それとは対照的に、人の営みの限界、後の世代との断絶も歌います。労苦の結果が山河の水のように循環することはなく、労働の業績が自然の営みのように持続することもない。 彼が述べるのは、ノアの洪水後の世界におけ...
伝道旅行(1)生ける神に立ち帰る(使徒言行録 13-14章) 13.08.2022
「あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです。」 (使徒言行録14章15節) 主は異邦人をも救いへ導いていかれました。神の大きな御心を悟った人びとは、異邦人に福音を語り、アンティオキア教会を設立しました(11章20節)。設立されたアンティオキア教会は礼拝をしている中で聖霊の促しを受け、バルナバとパウロを送り出します。これがいわゆる「第一次伝道旅行」...
主は異邦人にも賜物を(使徒言行録 10-12章) 12.08.2022
この言葉を聞いて人々は静まり、「それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」と言って、神を賛美した。 (使徒言行録11章18節) 使徒言行録10、11章に記されている物語は、私たちに主の福音の広がりと大きさを教えています。 ペトロもヨハネも、エルサレム教会の人びとも、ユダヤ人だけに福音を伝えていました。まさか主イエスの救いが異邦人にもあてはまるとは思っていなかったことでしょう。この閉ざされ...
主の選びの器として(使徒言行録 9章) 11.08.2022
「あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。」 (使徒言行録9章15節) キリスト教会を迫害していた一人にサウロという人物がいました。彼はキリスト者を縛り上げ、エルサレムへ連行するため、ダマスコへ向かっていました。 その旅の途上、天からの強い光の中で、主イエスはサウロに語りかけられました。「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」(4節)。主イエ...
福音はユダヤとサマリアへ(使徒言行録 6-8章) 10.08.2022
使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。 …さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。 (使徒言行録8章1節、4節) 聖霊降臨によって出発したキリスト教会は、主の言葉を恐れずに語り続け、主を信じる多くの者たちが起こされました(5章14節)。このことは大きな喜びでしたが、信徒の数が増えたことにより、使徒たちだけで多くの信徒を支えるのには限界がありました。一部の信者から不満の声...
人か神か従うべきお方はだれか(使徒言行録 3-5章) 09.08.2022
しかし、ペトロとヨハネは答えた。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。」 (使徒言行録4章19節) 聖霊の力を受けて、キリストの教会は出発しました。ペトロとヨハネは力強く民衆に神の言葉を語っていましたが、そこにユダヤの権力者たちがやってきて、二人は捕らえられてしまいます。こうして早くもキリスト教会への迫害が現実となりました。二人はユダヤの権力者たちの前に立たされ...
聖霊が降ると力を受ける(使徒言行録 1-2章) 08.08.2022
「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。…また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」 (使徒言行録1章8節) 新約聖書5番目の書物「使徒言行録」を11回で学びます。主イエスは天に昇られる前、弟子たちに「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」とおっしゃいました。そのお言...
空としか言いようがない(コヘレトの言葉 1章1-2節,12章8節) 07.08.2022
なんと空しいことか、とコヘレトは言う。 すべては空しい、と。 (コヘレトの言葉12章8節) コヘレトを名乗る人物は、どんな時代を生きたのか。諸説ありますが、紀元前2世紀の、ユダヤ民族と大国シリアとの攻防戦(マカベア戦争)真っただ中だとする見方があります。ユダ・マカバイと兄弟たちの武勇伝の影には、子どもを生み育てながらも戦死者を出し続ける悲惨な現実と、終わりの見えない苦しみがありました。多くのユダヤ人がダニ...
異邦人を清い器として用いられる主(イザヤ書 66章) 06.08.2022
更にわたしの名声を聞いたことも、わたしの栄光を見たこともない、遠い島々に遣わす。彼らはわたしの栄光を国々に伝える。 (イザヤ書66章19節) これまでイザヤ書の中で、主なる神が地の果てからご自身の民を集められることは幾度も語られてきました。しかし、最後の章では、これまでとは全く異なる次元での異邦人の救いと働きが語られます。主の栄光を国々に伝えるために遠い島々に遣わされるだけでなく、ユダヤ人を主への献げもの...
神があなたの輝きとなられる(イザヤ書 60章) 05.08.2022
主があなたのとこしえの光となり あなたの神があなたの輝きとなられる。 … 主があなたの永遠の光となり あなたの嘆きの日々は終わる。 (イザヤ書60章19節~20節) 60章から62章は、捕囚から帰国して神殿の礎と祭壇が設置された頃の回復の歌、慰めの歌です。 主の都シオン、エルサレムの変貌のさまが語られます。シオンの住民となる者たちが遠くから帰り、国々の富と献げものはシオンの神に集中し、異邦人が破壊した神殿を、今度は異...
御言葉の力の確かさに立つ(イザヤ書 55章) 04.08.2022
それはわたしの望むことを成し遂げ わたしが与えた使命を必ず果たす。 (イザヤ書55章11節) 40章から始まる捕囚からの解放の約束は55章で結びを迎えます。 主に立ち帰るなら、「豊かに赦してくださる」(7節)。だからわたしのもとに来て命を得よ(3節)と、神は逆らう民に繰り返し悔い改めを呼びかけられます。神は悔い改める者を喜んで受け入れると言われます。 しかし、その根拠は、どこにあるのでしょうか。神がダビデと結ばれ...
今あるのはキリストのおかげです(イザヤ書 53章) 03.08.2022
屠り場に引かれる小羊のように 毛を切る者の前に物を言わない羊のように 彼は口を開かなかった。 (イザヤ書53章7節) バビロン捕囚末期、紀元前6世紀後半、不思議な預言の言葉が語られます。500年後、この預言はイエス・キリストにおいて成就しました。憎まれて捨てられていく苦難の生涯を、神の啓示の言葉と神の霊に導かれてたどるとき、イエスこそ、イザヤ書53章が語っていた「彼」であったと理解することができます。主イエスご...
私たちは神の栄誉を語る(イザヤ書 43章) 02.08.2022
わたしはこの民をわたしのために造った。 彼らはわたしの栄誉を語らねばならない。 (イザヤ書43章21節) 主なる神は、その昔、イスラエルの人びとをエジプトから救い出し、シナイ山で契約を結んで神の民とされました。神はここで「わたしはあなたを贖う」と、第二の出エジプトとして、バビロン捕囚からの解放を約束されます。その目的は「わたしの栄光のため」でした。 にもかかわらず、民は主を求めることをせず、真実な礼拝をささ...
主なる神がくださる神の力で(イザヤ書 40章12-31節) 01.08.2022
主に望みをおく人は新たな力を得 鷲のように翼を張って上る。 走っても弱ることなく、歩いても疲れない。 (イザヤ書40章31節) 神の慰めを失った捕囚の民は、「わたしの道は主に隠されている」(27節)、神は私たちとの契約をお忘れになったと、神の恵みさえ疑うような絶望と失意の中にありました。 そのような神の民を御もとに立ち帰らせるために、神は力強く働き始められます。かつて真の神知識によって養われてきた契約の民に向...
幻がなければ民は堕落する(箴言 29-31章) 31.07.2022
幻がなければ民は堕落する。 教えを守る者は幸いである。 (箴言29章18節) 幻と訳されている言葉は、啓示、預言などとも訳されます。英語ではビジョンです。「見る」という言葉から来ています。預言者イザヤはユダとエルサレムについての幻を見ました(イザ1章1節)。他の預言者たちも幻を見ています。預言者たちの見た幻は主からのものです。これから起こることを映像という形で示されたもので、時には預言者自身もその説明を必要...
慰めよ慰めよわたしの民を(イザヤ書 40章1-11節) 30.07.2022
慰めよ、わたしの民を慰めよと あなたたちの神は言われる。 (イザヤ書40章1節) イザヤ書40章から55章は、捕囚の民に、解放と慰め、終末的栄光について告知します。預言者は神の玉座の前に開かれた天の会議に引き入れられ、主の御使いたちの声を聴きます。 預言者の第一声は「慰めよ、わたしの民をなぐさめよ」で始まります。絶望的な悲しみの中にある捕囚の民を慰めてくれる者が誰もいないのです。神の民が神の慰めを失ってしまっ...
その道は聖なる道と呼ばれる(イザヤ書 35章) 29.07.2022
そこに大路が敷かれる。 その道は聖なる道と呼ばれ 汚れた者がその道を通ることはない。 主御自身がその民に先だって歩まれ …。 (イザヤ書35章8節) 神の裁きと呪いが宣告されるならば、いかに繁栄する国々といえども廃墟となると34章は語ります。35章では、今度はどんなに国民が砂漠や荒れ野となり果てても、神の祝福をいただくならば、エデンの園のような豊かで麗しい地に変わると語られます。かつてイザヤに「民の心をかたくなに...
大地は主を知る知識で満たされる(イザヤ書 11章) 28.07.2022
わたしの聖なる山においては 何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。 水が海を覆っているように 大地は主を知る知識で満たされる。 (イザヤ書11章9節) 南王国は、最後はバビロンによって滅ぼされますが、この預言が語られたとき、南王国はアッシリアの脅威にさらされていました。こうした状況の中で、ダビデ王朝が切り倒された後に、エッサイの株から再び芽が出るという預言が語られます。この若枝に、知恵と識別の霊、思慮と勇気...
その名は平和の君と唱えられる(イザヤ書 9章) 27.07.2022
ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。 権威が彼の肩にある。 その名は、「驚くべき指導者、力ある神 永遠の父、平和の君」と唱えられる。 (イザヤ書9章5節) この預言が語られた紀元前8世紀後半、北イスラエル王国はアラムと同盟を結び、南ユダ王国を脅かしていました。これをよしとしないアッシリアは、北王国のガリラヤ、ナフタリを占領し、その民を捕囚としました。そのとき、「闇の中」「死の陰の地」の状態にあったガリラ...
わたしを遣わしてください(イザヤ書 6章) 26.07.2022
そのとき、わたしは主の御声を聞いた。 「誰を遣わすべきか。…」 … 「わたしがここにおります。 わたしを遣わしてください。」 (イザヤ書6章8節) イザヤは、神殿礼拝において、幻の中で天に座する栄光の主を見ます。御使いセラフィムによる賛美が響き渡り、神殿は栄光の煙で満たされました。絶対的な神の聖さを前にして、災いだ、わたしは滅ぼされる、とイザヤは恐れおののきます。ここに罪ある者と聖なる神との根本的な違いがあら...
キリストに進んで従うなら(イザヤ書 1章) 25.07.2022
お前たちが進んで従うなら 大地の実りを食べることができる。 (イザヤ書1章19節) イザヤ書は、主に背き、神を捨てた選びの民の罪深さを徹底的にえぐるところから始まります。 「罪」は律法への違反を、「咎」はゆがみを意味する言葉です。神から離れた人間は、神という的から外れ、ひねくれてゆがんだ者となってしまいました。頭から足の先まですべて、健やかなところはなく傷だらけだというのです。全体的堕落です。 神の民が献げ...
羊の群れにあなたの心を向けよ(箴言 25-28章) 24.07.2022
あなたの羊の様子をよく知っておけ。 群れに心を向けよ。 (箴言27章23) 箴言は未熟な者や若者に、熟慮や知識と慎重さを教えるためだけではなく、賢人には説得力、聡明な人には指導力を増し加えるためのものでもあります(1章4、5節)。そうであるならば、若者に教えるだけではなく、壮年の者も、老年に入った者も、指導する立場にある者も、皆が聞くべき教えであることは当然です。 箴言は、持ち物管理にも未熟な者に羊の世話のこ...
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