RCJメディアミニストリー
リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
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Epizody
試練を通して神の子として証しされる(使徒言行録 13章) 04.07.2023
弟子たちを力づけ、「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。 (使徒言行録14章22節) 自分の思いではなく神に従っているのに困難が続くことがあったとしても、なお御言葉を信頼しましょう。このようにして皆さんが神の子として本物であることが証しされます。 13章で、最初の宣教地で成功を収めたパウロですが、その後、暴動や迫害と隣り合わせで宣教が続...
神のご計画と御言葉の力(使徒言行録 13章) 03.07.2023
総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った。 (使徒言行録13章12節) 異邦人への宣教は神のご計画です。この神のご計画にそって御言葉を語り、また行うことは、誰よりも神御自身が支えてくださいます。自分の思いや能力より、神の力と導きを信頼しましょう。 パウロたちが異邦人世界へ宣教に行き、最初の地における成功は、その後の出来事全体を象徴するものでした。そこではある魔術師がパウロの邪魔をしました...
福音に仕える者たちへの励まし(マタイによる福音書 10章40-42節) 02.07.2023
「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水1杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」 (マタイによる福音書10章42節) 神を最優先にして人生を歩もうとするとき、どうしても周囲との摩擦を感じるものです。あなたにも経験があるかと思いますが、例えば「日曜日は礼拝を献げるため、仕事に出ることができない」などと言ったときに、周りから白い目で見られることがあるでしょう...
御姿を見るだけで満ち足りる(詩編 17編) 01.07.2023
わたしは正しさを認められ、御顔を仰ぎ望み 目覚めるときには御姿を拝して 満ち足りることができるでしょう。 (詩編17編15節) 1節と15節に「正しい」という言葉が繰り返されています。普通、正しいという言葉は、道徳的な意味で使われますが、聖書では神との関係を言い表します。神こそ真実に正しいお方であり、その神との関係がよければ正しい、そうでなければ正しくないと言われます。人間は、創造主なる神の御前に立ち、神と向...
賛美を共にし御国に送る(サムエル記下 30編) 30.06.2023
ひととき、お怒りになっても 命を得させることを御旨としてくださる。 泣きながら夜を過ごす人にも 喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる。 (サムエル記下30章6節) パンデミックが始まってもう3年。このパンデミック中、わたくしどもの教会では4名の現住陪餐会員を地上から見送りました。4名とも最後は、ご自宅でご家族に見守られながら地上の生涯を走り切られました。 ある方は教会のご近所だったので、ほぼ毎日と言ってよいほど...
鹿の涸れ谷に喘ぐがごとく(詩編 42編) 29.06.2023
涸れた谷に鹿が水を求めるように 神よ、わたしの魂はあなたを求める。 … わたしは魂を注ぎ出し、思い起こす 喜び歌い感謝をささげる声の中を… (詩編42編2節~5節) 20年近く前、わたくしは、世界の改革派教会が集う協議会にカルヴィン神学校・大学賛美メンバーの一員として参加しました。朝に夕に協議会では礼拝がささげられ、カルヴィン賛美チームが礼拝を導きました。ある礼拝でジュネーヴ詩編歌42編を歌ったとき、ある節をわたく...
賛美の喜び -力のかぎり喜び踊る-(サムエル記下 6章12-15節) 28.06.2023
主の御前でダビデは力のかぎり踊った。 (サムエル記下6章14節) この原稿を書いている今もなお、新型コロナウィルス蔓延の勢いは衰えることがありません。あなたがこれを読んでくださっている今、ウィルス蔓延がかなり収まっているといいのですが。 新型コロナウィルスが蔓延し始めた2020年初めから、2022年6月まで、新浦安教会では、オンラインによる礼拝出席者が全体の7~8割でした。だんだんと規制を解除していきましたが、最後...
全世界にその御業を示せ(イザヤ書 12章) 27.06.2023
その日には、あなたたちは言うであろう。 「… 主にほめ歌をうたえ。 主は威厳を示された。 全世界にその御業を示せ。」 (イザヤ書12章4節~5節) 11章で預言されたように、ダビデの血筋から出る救い主によって神を知ることが全地に行き渡った時のことです。人びとは言いました。「主よ、わたしはあなたに感謝します。あなたはわたしに向かって怒りを燃やされたが、その怒りを翻し、わたしを慰められたからです」(1節)。神は激しく...
平和への道は全地が主を知ること(イザヤ書 11章) 26.06.2023
水が海を覆っているように 大地は主を知る知識で満たされる。 (イザヤ書11章9節) イザヤは、「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育」つと預言しました(1節)。エッサイとはダビデの父のことです。その根からひとつの若枝が育つというのは、ダビデの血筋から救い主が生まれる、ということです。 また6節には、「狼は小羊とともに宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さい子供が...
恐れるな神の摂理に信頼せよ(マタイによる福音書 10章26-39節) 25.06.2023
「だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」 (マタイによる福音書10章31節) 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ」(34節)。 もちろん主イエスは平和をもたらすお方です。神との関係を回復させて平和を実現してくださいます。しかしそれは、争いのない穏やかな状態を意味するものではありません。すべての人がただ...
神のみもとにある喜び(詩編 16編) 24.06.2023
主に申します。 「あなたはわたしの主。あなたのほかにわたしの幸いはありません。」 (詩編16編2節) ダビデは、彼を妬んでさまざまな陰謀を企てて彼を殺そうとするサウル王から逃亡し、ユダの荒野を逃げ回らなければなりませんでした。軍略に長けていたダビデも、希望を奪い絶望させようとする力にいつも翻弄されていたことでしょう。しかし、神に愛され神が共に歩んでくださっているという確信こそは、ダビデを支える力の源でした...
神を恐れぬ者を恐れるな(イザヤ書 10章) 23.06.2023
それゆえ、万軍の主なる神はこう言われる。 「シオンに住むわが民よ、アッシリアを恐れるな。」 (イザヤ書10章24節) 神は、「災いだ、わたしの怒りの鞭となるアッシリアは。…神を無視する国に向かってわたしはそれを遣わ」すと言われます(5、6節)。アッシリアは、その強大な力によって、やりたい放題のことをしていた国であり、イスラエルの南北両王国を脅かしていた敵でした。しかし、そのアッシリアが「神の怒りの杖」、つまり...
暗闇の中に輝く光キリスト(イザヤ書 9章) 22.06.2023
闇の中を歩む民は、大いなる光を見 死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。 (イザヤ書9章1節) イザヤの預言どおり、北王国がアッシリアの侵略を受け、ガリラヤ地方は異邦人に支配され、「異邦人のガリラヤ」と呼ばれるようになりました。ところがイザヤは、その地の人々について、「闇の中を歩む民は、大いなる光を見た」と語ります。 ここでイザヤは、「光が輝いた」、「人々は御前に喜び祝った」、「ひとりのみどりごがわたした...
神の恵みはゆるやかな流れ(イザヤ書 8章) 21.06.2023
「この民はゆるやかに流れるシロアの水を拒み … それゆえ、見よ、主は大河の激流を 彼らの上に襲いかからせようとしておられる。」 (イザヤ書8章6節~7節) 「シロアの水」とはエルサレムの近くの泉から引いた水道のことで、神がエルサレムに注いでおられる恵みを指し示しています。シロアの水は、たとえゆるやかな流れであっても、エルサレムの住民の命をしっかりと支えていました。それと同様に、神の恵みも、たとえゆるやかに注...
落ち着いて静かにしていなさい(イザヤ書 7章) 20.06.2023
「彼に言いなさい。落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。」 (イザヤ書7章4節) 南王国のアハズ王の時代に、アラムが北王国と共謀して攻めて来るという情報が入りました。そのときに、「王の心も民の心も、森の木々が風に揺れ動くように動揺した」と言われます(2節)。そのとき、神は預言者イザヤを通して、王にこう告げました。「落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない」と。 実はこのとき、アラムも北...
このようなわたしを召してくださる主(イザヤ書 6章) 19.06.2023
彼はわたしの口に火を触れさせて言った。 「見よ、これがあなたの唇に触れたので あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」 (イザヤ書6章7節) 6章では、イザヤの召命の場面が描かれ、あらためてイザヤの預言者としての使命が語られます。 彼は幻の中で主なる神の神殿にいます。そこは主の栄光と威厳が満ち、彼は戸惑って災いだと告げます。彼は自らの罪に汚れた姿を自覚したのでした。 そのような彼に主の使いが飛んできて、彼の...
賢く素直に福音を宣べ伝える(マタイによる福音書 9章35節-10章25節) 18.06.2023
「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。」 (マタイによる福音書10章16節) 主イエスは、町や村を回って神の国の福音を宣べ伝え、病気を癒やされました。また、重要なお働きは、「弟子を召す」ことでした。主イエスはご自身のあとに従って福音を述べ伝える弟子を召され、主の力と権能を授けて、お遣わしになりました。 派遣に際して、主...
主の幕屋に宿る人(詩編 15編) 17.06.2023
主よ、どのような人が、あなたの幕屋に宿り 聖なる山に住むことができるのでしょうか。 (詩編15編1節) 主の幕屋に宿り、聖なる山に住むことができる人とは、「完全な道を歩き、正しいことを行う人…」とあります。そのような人が神の救いにあずかることができると言うのです。救われるためには、それに相応しく節制し、正しい生活を守らなければならない。それはその通りでしょう。しかし、私たちは神の御前に正しく生きることので...
裁きの決定と歴史を支配される万軍の主(イザヤ書 5章) 16.06.2023
主は旗を揚げて、遠くの民に合図し 口笛を吹いて地の果てから彼らを呼ばれる。 見よ、彼らは速やかに、足も軽くやって来る。 (イザヤ書5章26節) 5章では、イザヤが置かれていた当時のユダの民の現実とそれに対する神の裁きを語ります。 はじめに主は問われます。わたしが愛し、植え付け、守り育ててきたあなたがたに、わたしがしなかったことが「何か」あるのかと。もちろんありません、すべてを与えてくださいました。次に、では...
裁きの先にある神の祝福(イザヤ書 4章) 15.06.2023
その日には、イスラエルの生き残った者にとって主の若枝は麗しさとなり、栄光となる。この地の結んだ実は誇りとなり、輝きとなる。 (イザヤ書4章2節) この4章で、2章から続いてきた「その日」、つまり神の裁きの日の幻の預言が締めくくられます。ここではこれまでのエルサレムの罪や傲慢に対する激しい神の断罪とはうって変わって、神の裁きの先に「生き残った者」に対する祝福が告げられます。 ここにきて神の裁きの目的がはっき...
主は裁きに臨まれる(イザヤ書 3章) 14.06.2023
しかし言え、主に従う人は幸い、と。 彼らは自分の行いの実を食べることができる。 (イザヤ書3章10節) エルサレムとユダに対する厳しい審判が預言されます。「その日」には、エルサレムの人々に必要な食糧も水も、頼りにする指導者や優れた戦士も、そして先をよむ魔術師たちも取り去られ、戦いで多くの者が殺され、街が略奪と徹底的な破壊にあう、と告げられています。ここにはやがて来るエルサレムの包囲と捕囚、そして陥落が預言...
ただひとり高く上げられる主(イザヤ書 2章) 13.06.2023
その日には、誇る者は卑しめられ 傲慢な者は低くされ 主はただひとり、高く上げられる。 (イザヤ書2章17節) イザヤは、終末の出来事の二つの側面について預言します。一つは平和です。「その日」には、世界中の関心がエルサレムに集められ、人々は主の言葉を聴きます。それは、すべての争いは主によって止み、まったくの平和が訪れるというものでした。当時アッシリアの圧政に苦しみ、迫り来る武力に怯えていたユダの人々にとって...
反抗する者に呼びかけられる主の赦し(イザヤ書 1章) 12.06.2023
論じ合おうではないか、と主は言われる。 たとえ、お前たちの罪が緋のようでも 雪のように白くなることができる。 … 主の口がこう宣言される。 (イザヤ書1章18節~20節) 神はイザヤへの幻を通して、ユダの支配者と民を告発されます。これまで愛情をかけて養い育ててきたにもかかわらず、あなたがたは主を軽んじ、平気で悪を重ね、神に背を向けた。それゆえ、自らに破滅を招き、民は傷つき、国は荒れ果てているのだ、と。ここに現れ...
罪人を憐れむ主イエス(マタイによる福音書 9章9-13節) 11.06.2023
「『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。」 (マタイによる福音書9章13節) 主イエスは、収税所に座っているマタイを見て、「わたしに従いなさい」とおっしゃって、マタイを弟子にしました。ただちに立ち上がって主に従うマタイの姿が印象的です。 その後、主イエスはマタイの家で食事をされました。そのとき、徴税人や罪人が同席していたことが問題となりました。ファリサ...
何に依り頼んで生きるのか(詩編 14編) 10.06.2023
神を知らぬ者は心に言う 「神などない」と。 人々は腐敗している。 忌むべき行いをする。 善を行う者はいない。 (詩編14編1節) 言葉では「神などない」と、言わないかもしれません。しかし、どこかで自分の力や持っているもので生きていけると思ってはいませんか。神の言葉よりも、自分の思いや判断を優先することはないでしょうか。 「神を知らぬ者」(1節)は、聖書協会共同訳では「愚か者」となっています。主イエスのたとえ話...
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